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報復警官殺しで、混乱深まる人種間対立 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2014年12月24日 12時22分

 今年夏に発生したミズーリ州の黒人青年射殺事件、ニューヨーク市のスタテン島での黒人男性死亡事件については、いずれも関与した白人警官が不起訴となる中で、黒人と白人のリベラル派による抗議活動が続いていました。

 そんな中、運動に大きくブレーキをかけるような事件が発生し、ニューヨークは大きく揺れています。市内のブルックリン地区で、12月20日の土曜日に黒人の男が明確な殺意を持ってNYPD(ニューヨーク市警)の警察官2名を襲撃して射殺するという衝撃的な事件が起きたのです。

 実行犯のイズマイル・ブリンズリーという28歳の男性は、事件の直後に拳銃自殺を遂げています。この男は、ブルックリン出身で、オハイオ州やジョージア州を転々とする中で数々の犯罪行為(拳銃の違法入手や傷害など)で過去に19回逮捕されており、自殺未遂も起こしているなど、問題行動の多い人物であったようです。

 問題は、このブリンズリーがSNSの「インスタグラム」に残したメッセージです。「マイケル・ブラウン(ミズーリ州で射殺された黒人青年)」と、「エリック・ガーナー(スタテン島で警官に拘束されて死亡した黒人男性)」に関するハッシュタグをつけた上で、「ブタ共をあの世に送ってやる。連中(ニューヨーク市警)は1人殺した。俺は2人を殺ってやる」というのです。

 紙の時代であれば、筆跡が乱暴だと異常性が垣間見えてメッセージが弱まるとか、プリントアウトしたものだと更に弱いなどの効果があったのですが、デジタル時代の今日では、そうはいきません。SNSにハッキリと残されたメッセージは犯人の死後も強烈な印象を発散し続けています。

 要するに2人の黒人が白人警官に殺されことへの報復だということであり、そこに異なった解釈をする余地はありません。犯人がいかに異常な人物であっても、SNSのメッセージはそのままストレートに伝わり、今でも拡散し続けているのです。アメリカ社会は動揺し、特にニューヨークの街は大きく揺れています。

 殺された警官2人が、中国系とヒスパニック系というのも何ともやり切れないのですが、そんな中で事件直後からNYPDの組織には強い怒りが渦巻いています。

 警官たちは整列して死亡した2名の同僚の遺体を乗せた救急車を迎えるとともに、事件翌日に現地ブルックリンで行われたNBA(プロ・バスケットボール)の試合前には2人への追悼の意味を込めた黙祷が行われています。

 現場には、多くの花束が手向けられ今もどんどん増え続けているようです。



 怒りの最先鋒は、警察官組合のパトリック・リンチ代表です。その矛先は現在のニューヨーク市長のビル・デブラシオに向かっています。要するに「市長は一連の不起訴処分に対して、市長でありながらNYPDを全力で擁護しなかった」というのです。

 というのは、特にスタテン島でのガーナー事件に関して市長は、不起訴処分という大陪審の決定は「合法であり、覆すべきではない」として認めたものの、ガーナーの死亡に至った警官の行動だけでなく、NYPDには体質的な問題があるという指摘を続けるなど、抗議デモを理解するような言動を続けたからです。

 12月の上旬、つまりミズーリに続いてニューヨークの事件でも警官の不起訴が決まった際には、デブラシオ市長の取った「中立的な姿勢」については、市長の夫人が黒人であることも含めて、人種間和解の「星」だという持ち上げられ方もしていたのです。

 ですが、今回の事件で「仲間の2人が暗殺された」という事態を受けたNYPDは、市長へ向けた怒りを一気に爆発させました。警官組合のリンチ代表は「流血は市役所が起こしたものだ」と激しい言葉を並べて市長を非難、一歩も譲る構えを見せていません。

 これに対してデブラシオ市長は、必死になって自身の立場を説明しようとしています。「私が何を言っても市警察の皆さんには聞いてもらえないかもしれません。ですが、私は今はこの亡くなった2人の警官の遺族に寄り添いたいと思います」。市長は声を落としながらそう言明し、更に「当面は警官の不起訴に対する抗議行動は控えてもらいたい」ということを、懇願するような表情で訴えていました。同時に「模倣犯の発生を防止することが最優先」だという立場も言明しています。

 この事件に関しては、オバマ大統領の存在感が薄くなっていることも問題です。オバマ大統領も、ホルダー司法長官も自分が黒人であることから、ミズーリ州やスタテン島の問題に関して、様々なメッセージを出してはいたのですが、不徹底でした。自分たちが過剰に介入すると世論の分裂を煽るとして「一歩引いていた」感が否めないのです。

 この「警官2名の殺害」のニュースが入ってきた後も、オバマ自身はゴルフをしていたそうですし、事件に対するコメントも「全く正当化できない行為だ」という内容にとどまっています。その「事件後にゴルフ」という行動に関して、全国的な非難が「起きていない」ことも、オバマの立場の「虚しさ」を象徴しているかのようです。

 一方でデブラシオ市長の動向に注目が集まっています。今週黒人であるシャーリン・マクレイ夫人を伴って、ブルックリンの事件現場を訪れて献花をしています。依然として激しい批判の対象になっている市長ですが、それに耐えながら必死で「人種間対立」を鎮静化しようとしていることは事実です。

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