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仏新聞社襲撃テロで高まる「極右大統領」の現実味

ニューズウィーク日本版 2015年1月16日 12時12分

 「預言者(ムハンマド)のために報復した!」──黒い覆面をかぶり、自動小銃を持った男たちがこう叫ぶ映像を見て、多くのフランス人は言葉を失った。

 イスラム過激派は、イスラム教の神を冒涜した(と、彼らが見なした)人間を殺すと予告していた。先週、風刺週刊紙シャルリ・エブドのパリ本社で12人が殺害され、その予告が現実になったのだ。

 フランスと世界が衝撃で呆然としていたとき、力の籠もった言葉を語ったのが仏極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首だ。事件から程なく、こう演説した。「現実から目をそらし、きれい事を言うのはもう終わりにしよう。イスラム原理主義を絶対的に拒絶するという方針をきっぱりと、力強く表明すべきだ」

 事の重大性は、フランスのイスラム教徒たちがよく理解している。イスラム教徒団体は直ちに襲撃を非難する声明を発表したが、事件がもたらす政治的影響は明らかだ。今回のテロは「極右政党にとって間違いなく追い風になるだろう」と、フランスのイスラム教徒の多くが支持する政党「共和国の原住民党(PIR)」の広報担当、ウリア・ブテルジャは言う。

 その「追い風」がどれほどのものかは、ルペンも前回に続いて出馬する17年の大統領選ではっきりする。もしいま選挙があれば、ルペンが勝利を収める確率はかつてなく高い。昨年9月のフィガロ紙の世論調査では、ルペンの支持率は現職のオランド大統領を15ポイント上回っていた。シャルリ・エブド襲撃事件の後に調査を行えば、差はさらに広がっているだろう。

主流を目指して「毒抜き」

 排外主義的なナショナリズムを掲げる国民戦線は、社会の反移民感情にも後押しされて、近年党勢を拡大してきた。昨年5月の欧州議会選では、主流派政党を上回る約25%の最多得票で勝利した。ヨーロッパ最大のイスラム教徒人口を擁し、新移民の同化がうまくいっていないフランスでは、強硬な移民排斥論への支持が広がりつつある。

 ルペンにとっての課題は、国民戦線のあまりに過激なイメージを和らげることだ。そこでルペンと党幹部たちは、「毒抜き」を行い、人種差別と反ユダヤ主義の党から脱皮し、強力なナショナリズムとバラまき経済政策を掲げる政党に転換しようとしてきた。

 そのためには、もはや「ルペンの党」ではないとはっきりさせる必要がある。ここで言う「ルペン」とは、マリーヌの父親であるジャンマリ・ルペン前党首のことだ。父ルペンは長年、人種差別的・反ユダヤ主義的な発言を繰り返し、人種差別法違反等で度々有罪判決を受けてきた。つい数カ月前にも、エボラウイルスならヨーロッパの「移民問題」を3カ月で解決できるだろうと語ったばかりだ。



 主流派の有権者の支持を得るためには、父ルペンが目立っては困る。娘は父親が注目を集めないように努める一方で、若い幹部を「党の顔」として前面に押し出し始めた。33歳のフロリアン・フィリポ副党首はその1人だ。国民戦線がさらに勢力を拡大するためには、左派の支持者を引き付ける必要があると、フィリポは語っている。

 今回のテロで、それが一層容易になる。イスラムの脅威に早くから警告を発していたルペンに先見の明があったと考える国民も多いだろう。

 ほかの政治指導者が追悼を呼び掛けたり、テロの背後にある憎悪を非難したりしているとき、ルペンはテロをフランスに対する宣戦布告と呼んだ。テロ翌日には、死刑制度の復活を問う国民投票を実施すべきだとも述べている。

 もちろん、万年野党だからこそ欠点が見えていないという面はある。これまで国内の選挙ではほとんど議席を獲得できておらず、行政を担った経験も乏しい。しかし、3月の地方選挙では、大躍進があっても不思議でない。

 そして17年には、「ルペン」という名の大統領が誕生するという、かつてはとうてい想像できなかったことが現実になるのだろうか。

[2015.1.20号掲載]
ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト)

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