外交上の言辞と公式の政策は区別がつきにくい。中国は特に、政府の公の発言と行動が一致しないことも珍しくない。中国が提唱する「アジア人のためのアジア」という新しいスローガンは国内向けの国家主義的なアピールにすぎないのか、それとも本気で外交政策を転換するつもりなのだろうか。
5月に上海で開催されたアジア信頼醸成措置会議(CICA)の首脳会議で習近平(シー・チンピン)国家主席は、「アジアの問題はアジアの人々が対処し、アジアの安全はアジアの人々が守るべきだ」と演説。アジアには協力して地域の平和と安全を構築する「能力と知恵」があると語った。
習はさらに、アメリカが独占する現在のアジアの安全保障体制は、冷戦時代の構造に縛られていると暗に批判した。安全保障の枠組みを根本から見直し、アメリカの関与を大幅に減らそうという思いが見て取れる。
もちろん、国内や地域の問題で干渉を受けたくないのは、どこの国も同じだ。しかし習の演説は、アジア太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスに対して曖昧な態度を取り続けてきた中国が、方針を大きく転換するという意思表示でもあった。
欧米主導への対抗軸を
中国の指導者は、アメリカの存在がロシアを牽制し、日本の再軍備を阻止していることを理解してきた。さらに、アメリカ主導の地域安全保障に対抗できる力が、自分たちにないことも認識していた。
だが、こうした状況が変わりつつあるようだ。中国の方針転換として最も説得力がある例は、経済の分野で見られる。その代表が、「アジアインフラ投資銀行」と、中央アジアの新経済圏を想定した400億ドルの「シルクロード基金」を創設する計画で、欧米主導の国際機関に対する明らかな挑戦状だ。
ただし、安全保障の分野はあまり前進していない。確かに中国は、台湾海峡や南シナ海にアメリカの介入を阻止するだけの軍事力を持つようになった。ロシアと中央アジア諸国との連携も深めている。しかし、そうした前進も、領有権問題における中国の攻撃的な姿勢のせいで帳消しになっている。
東シナ海で一方的に防空識別圏を設けるなど、中国の挑発的な軍事行動の結果、日本との関係はかつてないほど冷え込んでいる。不安に駆られた東南アジア諸国は、アメリカが安全保障の枠組みに残り、中国ににらみを利かせてほしいと懇願する。
「アジア人のためのアジア」の根底には、周辺国が中国に反抗するのはアメリカのせいだという思いがあるのかもしれない。そうだとしたら、アメリカのプレゼンスは中国の国益を直接、脅かすもので、排除するべきだという結論になりかねない。
これはアジアの安全保障の力学を根本的に誤解しており、戦略的にとてつもない間違いだ。近隣諸国の大半は、中国の野放しの覇権を恐れている。アメリカのプレゼンスがなくなれば、まさにそのような事態になるだろう。「アジア人のため」ならぬ「中国人のためのアジア」だ。
とはいえ、アジア諸国に支持されないだけでなく、アメリカと確実に対立することになる政策を、中国が推し進めるとは考えにくい。習も最近はトーンダウンしており、共産党指導部に「中国はソフトパワーを増強するべきだ」と語っている。
歴史的に見て望ましくない理由もある。30年代に日本が提唱した「大東亜共栄圏」は、欧米の植民地支配に代わる新しい秩序を盾に侵略政策を隠そうとしたが、あまりに見え透いていた。
中国にとって賢明な行動は、新しいスローガンを潔く下ろすことだ。
[2014.12.16号掲載]
ミンシン・ペイ(米クレアモント・マッケンナ大学教授)
5月に上海で開催されたアジア信頼醸成措置会議(CICA)の首脳会議で習近平(シー・チンピン)国家主席は、「アジアの問題はアジアの人々が対処し、アジアの安全はアジアの人々が守るべきだ」と演説。アジアには協力して地域の平和と安全を構築する「能力と知恵」があると語った。
習はさらに、アメリカが独占する現在のアジアの安全保障体制は、冷戦時代の構造に縛られていると暗に批判した。安全保障の枠組みを根本から見直し、アメリカの関与を大幅に減らそうという思いが見て取れる。
もちろん、国内や地域の問題で干渉を受けたくないのは、どこの国も同じだ。しかし習の演説は、アジア太平洋地域におけるアメリカのプレゼンスに対して曖昧な態度を取り続けてきた中国が、方針を大きく転換するという意思表示でもあった。
欧米主導への対抗軸を
中国の指導者は、アメリカの存在がロシアを牽制し、日本の再軍備を阻止していることを理解してきた。さらに、アメリカ主導の地域安全保障に対抗できる力が、自分たちにないことも認識していた。
だが、こうした状況が変わりつつあるようだ。中国の方針転換として最も説得力がある例は、経済の分野で見られる。その代表が、「アジアインフラ投資銀行」と、中央アジアの新経済圏を想定した400億ドルの「シルクロード基金」を創設する計画で、欧米主導の国際機関に対する明らかな挑戦状だ。
ただし、安全保障の分野はあまり前進していない。確かに中国は、台湾海峡や南シナ海にアメリカの介入を阻止するだけの軍事力を持つようになった。ロシアと中央アジア諸国との連携も深めている。しかし、そうした前進も、領有権問題における中国の攻撃的な姿勢のせいで帳消しになっている。
東シナ海で一方的に防空識別圏を設けるなど、中国の挑発的な軍事行動の結果、日本との関係はかつてないほど冷え込んでいる。不安に駆られた東南アジア諸国は、アメリカが安全保障の枠組みに残り、中国ににらみを利かせてほしいと懇願する。
「アジア人のためのアジア」の根底には、周辺国が中国に反抗するのはアメリカのせいだという思いがあるのかもしれない。そうだとしたら、アメリカのプレゼンスは中国の国益を直接、脅かすもので、排除するべきだという結論になりかねない。
これはアジアの安全保障の力学を根本的に誤解しており、戦略的にとてつもない間違いだ。近隣諸国の大半は、中国の野放しの覇権を恐れている。アメリカのプレゼンスがなくなれば、まさにそのような事態になるだろう。「アジア人のため」ならぬ「中国人のためのアジア」だ。
とはいえ、アジア諸国に支持されないだけでなく、アメリカと確実に対立することになる政策を、中国が推し進めるとは考えにくい。習も最近はトーンダウンしており、共産党指導部に「中国はソフトパワーを増強するべきだ」と語っている。
歴史的に見て望ましくない理由もある。30年代に日本が提唱した「大東亜共栄圏」は、欧米の植民地支配に代わる新しい秩序を盾に侵略政策を隠そうとしたが、あまりに見え透いていた。
中国にとって賢明な行動は、新しいスローガンを潔く下ろすことだ。
[2014.12.16号掲載]
ミンシン・ペイ(米クレアモント・マッケンナ大学教授)