日本銀行が1月21日に公表した展望レポートの中間評価では、2015年度の消費者物価上昇率を1.0%とした。これは昨年10月の見通しから0.7%の大幅な下方修正で、黒田総裁の設定した「2015年度中に2%」のインフレ目標は不可能になった。
この最大の原因は、原油価格の暴落である。日銀の基準としているコアCPI(生鮮食品を除く総合物価指数)はエネルギー価格を含んでいるため、金融政策でコントロールできない資源相場で攪乱されやすい。図のようにコアCPIは昨年5月には1.4%まで上がり、2%の目標実現も不可能ではないと思われた。
消費者物価上昇率(消費税分を除く)出所:総務省
しかし図をよくみると、このときコアコアCPI(食料・エネルギーを除く)は0.2%に下がっている。秋から原油価格の影響でコアCPIが下がったため、黒田総裁は昨年10月末に追加緩和をしたが、その後も原油価格は30%以上も下がったので、このまま行くと今年後半には、アメリカのようにコアCPI上昇率がコアコアCPIを下回る可能性もある。
21日の記者会見では、物価見通しの下方修正について「インフレ率が2%に達する時期は2016年度以降にずれ込むのか」という質問が記者団から相次いだが、これまで強気だった黒田氏は次のようにトーンを変えた。
「2015年度を中心とする期間」と言っていますので、その前後に若干はみ出る部分はあることは、「2015年度を中心とする期間」という言い方が始まって以来、その通りだと思いますが、何カ月はみ出るのかとかそうしたことは、当面や当分と同じように、常識的に判断して頂くしかないと思います。
「2015年度を中心とする期間をはみ出る」とはわかりにくい表現だが、これはインフレ目標の期限を2016年4月以降に延期するものだ。当初の目標は、岩田副総裁が国会で明言した「2015年3月」だったので、1年以上も延期することになる。目標から「はみ出る」のは何カ月か、黒田総裁は明言しなかった。
これは実質的な無期延期で、白川総裁の時代に日銀が設定した物価安定の理解と同じだ。そこでは「中長期的な物価安定の目途」について「日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途とすることとした」と書かれている。
この「目途」という言葉が曖昧で達成期限も示されていない、というのが黒田氏などのリフレ派の日銀批判だったが、もともとインフレ目標は期限を設けて積極的に達成する目標ではない。それは金融緩和が際限なく行なわれることを防ぐ歯止めなのだ。
金融緩和は短期的には景気刺激の効果があるが、長期的にはインフレ率を高めるだけで実質的な効果は消えてしまう。このため中央銀行の裁量を制限し、ルールにもとづいて運営しようというのがインフレ目標の考え方だ。
黒田総裁はこの意味を誤解して「2015年度中」という期限を設定し、それを日銀が手段を選ばないで実現すると約束してしまった。こういう数値目標が有効なのは、それを実現する手段を日銀がもっている場合に限られるが、ゼロ金利では物価を上げる手段がない。
その結果が、2%の目標を実質的に撤回する敗北宣言だ。日銀総裁が「輪転機ぐるぐるでインフレにするぞ!」といえば国民が信じてインフレが起こる――というのは、社会実験としてはおもしろかったが、黒田氏の仮説は反証されたのだ。
こんなことは最初からわかっていた。黒田氏は2年かけて経済学の通説を確認しただけだが、あとには300兆円以上の国債が残される。今後は実験結果を素直に認め、2018年4月までの任期のうちに出口戦略をまっとうすることが、彼に残された最大の仕事である。
[1970.1. 1号掲載]
この最大の原因は、原油価格の暴落である。日銀の基準としているコアCPI(生鮮食品を除く総合物価指数)はエネルギー価格を含んでいるため、金融政策でコントロールできない資源相場で攪乱されやすい。図のようにコアCPIは昨年5月には1.4%まで上がり、2%の目標実現も不可能ではないと思われた。
消費者物価上昇率(消費税分を除く)出所:総務省
しかし図をよくみると、このときコアコアCPI(食料・エネルギーを除く)は0.2%に下がっている。秋から原油価格の影響でコアCPIが下がったため、黒田総裁は昨年10月末に追加緩和をしたが、その後も原油価格は30%以上も下がったので、このまま行くと今年後半には、アメリカのようにコアCPI上昇率がコアコアCPIを下回る可能性もある。
21日の記者会見では、物価見通しの下方修正について「インフレ率が2%に達する時期は2016年度以降にずれ込むのか」という質問が記者団から相次いだが、これまで強気だった黒田氏は次のようにトーンを変えた。
「2015年度を中心とする期間」と言っていますので、その前後に若干はみ出る部分はあることは、「2015年度を中心とする期間」という言い方が始まって以来、その通りだと思いますが、何カ月はみ出るのかとかそうしたことは、当面や当分と同じように、常識的に判断して頂くしかないと思います。
「2015年度を中心とする期間をはみ出る」とはわかりにくい表現だが、これはインフレ目標の期限を2016年4月以降に延期するものだ。当初の目標は、岩田副総裁が国会で明言した「2015年3月」だったので、1年以上も延期することになる。目標から「はみ出る」のは何カ月か、黒田総裁は明言しなかった。
これは実質的な無期延期で、白川総裁の時代に日銀が設定した物価安定の理解と同じだ。そこでは「中長期的な物価安定の目途」について「日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており、当面は1%を目途とすることとした」と書かれている。
この「目途」という言葉が曖昧で達成期限も示されていない、というのが黒田氏などのリフレ派の日銀批判だったが、もともとインフレ目標は期限を設けて積極的に達成する目標ではない。それは金融緩和が際限なく行なわれることを防ぐ歯止めなのだ。
金融緩和は短期的には景気刺激の効果があるが、長期的にはインフレ率を高めるだけで実質的な効果は消えてしまう。このため中央銀行の裁量を制限し、ルールにもとづいて運営しようというのがインフレ目標の考え方だ。
黒田総裁はこの意味を誤解して「2015年度中」という期限を設定し、それを日銀が手段を選ばないで実現すると約束してしまった。こういう数値目標が有効なのは、それを実現する手段を日銀がもっている場合に限られるが、ゼロ金利では物価を上げる手段がない。
その結果が、2%の目標を実質的に撤回する敗北宣言だ。日銀総裁が「輪転機ぐるぐるでインフレにするぞ!」といえば国民が信じてインフレが起こる――というのは、社会実験としてはおもしろかったが、黒田氏の仮説は反証されたのだ。
こんなことは最初からわかっていた。黒田氏は2年かけて経済学の通説を確認しただけだが、あとには300兆円以上の国債が残される。今後は実験結果を素直に認め、2018年4月までの任期のうちに出口戦略をまっとうすることが、彼に残された最大の仕事である。
[1970.1. 1号掲載]