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「タフガイ大統領」がISIS空爆で抱えたリスク

ニューズウィーク日本版 2015年2月27日 12時51分

 エジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領は、タフガイのイメージが売りものだ。11年にムバラク政権を崩壊させた「アラブの春」後の混乱期、迷彩服にサングラス姿で国民の前に登場したシシは、自信満々のきまじめ軍人に見えた。

 2年後、事実上のクーデターで権力を掌握したシシは、抗議の声を力で封じ込め、政敵のイスラム教スンニ派組織ムスリム同胞団を徹底的に弾圧。政府批判は容赦なく取り締まり、反体制派に「テロリスト」「国家の敵」のレッテルを貼った。

 シシ政権は集会の自由に制限を加え、報道機関を抑圧し、民間人を軍事法廷で厳しく裁いた。ほとんどの活動家が、シシに比べればムバラクは子猫のようなものだったと口をそろえる。

 力で権力を奪った軍事政権には「正統性」の問題が付きまとう。そのためシシは当初から、エジプトに秩序を取り戻し、国家の敵を打倒し、国力を強化すると強調してきた。

 それを考えれば、テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)がエジプト人のコプト教徒(キリスト教の一派)21人の処刑動画を公開した時点で、シシが報復に出るのは明白だった。今度の敵は、シシがテロリストと呼んだ国内の反体制派ではなく、正真正銘のテロリストだ。唯一の疑問は、どんな形で反撃するかだった。

 エジプト軍は先週、リビア東部デルナにあるISISの訓練キャンプを空爆した。ここ数年、エジプトが本格的な軍事作戦を実施した例は皆無に近い。シシと軍部が自国民の惨殺を深刻に受け止めた証拠だろう。

 この報復に異議を差し挟む余地はほとんどない。ヨルダン人やイラク人、アメリカ人も同様の反撃を支持するはずだ。エジプトの軍事作戦は理解できる範(はん)疇(ちゅう)の行動であり、釣り合いの取れた報復だったとさえ言えるだろう。同時に、ISISにとっても期待どおりの反応だった公算が大きい。

独裁者ほど実はもろい

 中東の要に位置するエジプトに対する挑発は、ISIS最大の悲願だった。彼らはこれまでアラブ世界の「腐敗した政権」を標的にしてきた。シリア、イラク、ヨルダン、リビア、そして今度はエジプトというわけだ。

 ISISは宗派対立を戦いの道具に使う。エジプトが国内に無数の怒れるイスラム教徒を抱え、その多くがISISに同情的なことはもちろん承知の上だ。実際、シシが徹底的な弾圧でムスリム同胞団を非合法化した今、ISISへの共感はさらに強まる可能性が高い。

 自国民のキリスト教徒を殺害したという理由でイスラム教スンニ派主体の軍が隣国のスンニ派を空爆する──この状況をエジプトのイスラム教徒はいつまで容認できるのか。もしリビアでの戦闘が拡大したら、あるいはISISがエジプト国内の大都市でテロを起こしたら、シシの支持者でさえどんな反応を見せるか予断を許さない。

 ISISに殺害された21人のコプト教徒は仕事を求めてリビアに出稼ぎに来ていた。同じようなエジプト人は数十万人いる。ISISによるこれ以上の拉致・殺害を止めるにはどうすればいいのか。シシは空爆以外に打つ手があるのか。

 おぞましい惨劇が今後も繰り返されるようなら、シシの無力さを浮き彫りにする結果になり、政権の正統性の根拠は大きく揺らぐ。シシは、自分なら国家と治安を守れると言った。軍人出身の「タフガイ大統領」にも無理だと分かったら、次に何が起きるのか。

 ISISによるテロの脅威には、多くの国々が団結して立ち向かう必要がある。彼らは世界中から戦闘員の希望者を集め、弱体化した不安定な国で騒動を起こそうとする。各国政府が独力で対応できる相手ではない。

 だが、この戦いで最大のリスクを負うのは、強権支配による安定と治安を約束した軍事政権かもしれない。自分の弱さを自覚していないタフガイの独裁者ほど、もろいものはない。

[2015.3. 3号掲載]
ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト)

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