日本銀行の黒田総裁が2013年4月に「マネタリーベースを2年で2倍にして2%の物価上昇率を実現する」と宣言してから、まもなく2年になるが、1月の消費者物価指数上昇率(生鮮食品・消費税を除く)は年率0.2%まで低下し、4月にはマイナスになるとみられている。彼の約束した「デフレ脱却」は白紙にもどるわけだ。
このような日銀の失敗で、政権との微妙なスタンスの違いが目立ってきた。安倍首相は昨年末の解散をみずから「アベノミクス解散」と名づけたのに、今国会の施政方針演説の中で「アベノミクス」は1回しかなく、金融政策にはまったくふれなかった。
首相は「2%のインフレ目標にはこだわらない」という一方で財政政策に重点を移し、「成長して税収を増やせば財政は健全化する」というようになった。2020年にプライマリーバランス(国債費を除いた財政収支)を黒字化する中期財政計画の目標を放棄し、「政府債務のGDP(国内総生産)比」という曖昧な目標に転換しようとしている。
他方、インフレ目標が挫折した黒田総裁は、量的緩和から撤退する出口戦略を考えて始めたようだ。2月の経済財政諮問会議では、彼が首相に「財政の信認が揺らげば将来的に金利急騰リスクがある」と警告したが、この言葉は議事録から削除された。量的緩和をやめると金利が上がるので、黒田氏は財政再建の目標を放棄されては困るのだ。
そんな中で、新たに日銀政策委員に起用された原田泰氏の発言が注目を集めている。彼は朝日新聞のインタビューでこう語っている。
日銀は国債をコストをかけずにただで買っている。10兆円分の国債を購入して、仮に2割損してももうけは8兆円ある。日銀の利益は国庫に渡ってきた。国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ。
日銀が国債を「ただで買っている」というのは誤りである。首相も「輪転機をぐるぐる回せば、20円の紙で1万円のお札を発行できるのだから、9980円の通貨発行益がある」といったが、これは錯覚だ。
日銀は銀行から国債を買うとき、それに対応する日銀券を渡している。これは日銀の負債だから、国債という負債を日銀券という負債と交換しているだけだ。ただし日銀券には金利が発生しないので、国債の金利分だけ通貨発行益が発生する。これが国庫納付金として政府に収められるが、年間数千億円の規模である。
原田氏は「2%のインフレ目標を設定すればインフレが起こって、日本経済の問題は解決する」と主張するリフレ派だった。さすがに最近の状況をみて見込み違いを認めたが、インフレにならなくても景気がよくなればいいという。
インフレなしで景気をよくする方法は、バラマキ財政しかない。政府が補正予算で10兆円ばらまけば、国民所得統計には10兆円が計上されるので、GDPは確実に2%増える。それがこれまでアベノミクスで景気が上向いてきた最大の原因である。原田氏を起用した安倍政権は、金融政策から財政政策に舵を切ったとみることもできる。
政府が財政再建を放棄し、日銀がその国債を買い支える財政ファイナンスは、危険な賭けだ。さすがに黒田総裁は危険を感じているようだが、原田氏は「日銀は政府の一部だから政府はいくら国債を発行しても大丈夫だ」という。彼の論理によれば、政府の負債は日銀の資産と相殺されるので、税金を廃止してすべて国債で調達すれば、無税国家ができる。
これなら財政再建目標も必要ないが、問題はそんなフリー・ランチがあるのかということだ。日銀が国債を無限に買い続けると、どこかで国債が暴落して金利が上昇する。そのとき「金融緩和を縮小すれば暴落は防げる」と彼はいうが、そんなコントロールが可能なら、金融危機は起こらない。リーマン・ショックも、FRB(米連邦準備制度理事会)が止めることができたはずだ。
安倍首相も原田氏も政府が経済を完全にコントロールできると信じているが、黒田総裁はそう信じていないようにみえる。このように政府と中央銀行の考え方が食い違うのは、危険な兆候である。
このような日銀の失敗で、政権との微妙なスタンスの違いが目立ってきた。安倍首相は昨年末の解散をみずから「アベノミクス解散」と名づけたのに、今国会の施政方針演説の中で「アベノミクス」は1回しかなく、金融政策にはまったくふれなかった。
首相は「2%のインフレ目標にはこだわらない」という一方で財政政策に重点を移し、「成長して税収を増やせば財政は健全化する」というようになった。2020年にプライマリーバランス(国債費を除いた財政収支)を黒字化する中期財政計画の目標を放棄し、「政府債務のGDP(国内総生産)比」という曖昧な目標に転換しようとしている。
他方、インフレ目標が挫折した黒田総裁は、量的緩和から撤退する出口戦略を考えて始めたようだ。2月の経済財政諮問会議では、彼が首相に「財政の信認が揺らげば将来的に金利急騰リスクがある」と警告したが、この言葉は議事録から削除された。量的緩和をやめると金利が上がるので、黒田氏は財政再建の目標を放棄されては困るのだ。
そんな中で、新たに日銀政策委員に起用された原田泰氏の発言が注目を集めている。彼は朝日新聞のインタビューでこう語っている。
日銀は国債をコストをかけずにただで買っている。10兆円分の国債を購入して、仮に2割損してももうけは8兆円ある。日銀の利益は国庫に渡ってきた。国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ。
日銀が国債を「ただで買っている」というのは誤りである。首相も「輪転機をぐるぐる回せば、20円の紙で1万円のお札を発行できるのだから、9980円の通貨発行益がある」といったが、これは錯覚だ。
日銀は銀行から国債を買うとき、それに対応する日銀券を渡している。これは日銀の負債だから、国債という負債を日銀券という負債と交換しているだけだ。ただし日銀券には金利が発生しないので、国債の金利分だけ通貨発行益が発生する。これが国庫納付金として政府に収められるが、年間数千億円の規模である。
原田氏は「2%のインフレ目標を設定すればインフレが起こって、日本経済の問題は解決する」と主張するリフレ派だった。さすがに最近の状況をみて見込み違いを認めたが、インフレにならなくても景気がよくなればいいという。
インフレなしで景気をよくする方法は、バラマキ財政しかない。政府が補正予算で10兆円ばらまけば、国民所得統計には10兆円が計上されるので、GDPは確実に2%増える。それがこれまでアベノミクスで景気が上向いてきた最大の原因である。原田氏を起用した安倍政権は、金融政策から財政政策に舵を切ったとみることもできる。
政府が財政再建を放棄し、日銀がその国債を買い支える財政ファイナンスは、危険な賭けだ。さすがに黒田総裁は危険を感じているようだが、原田氏は「日銀は政府の一部だから政府はいくら国債を発行しても大丈夫だ」という。彼の論理によれば、政府の負債は日銀の資産と相殺されるので、税金を廃止してすべて国債で調達すれば、無税国家ができる。
これなら財政再建目標も必要ないが、問題はそんなフリー・ランチがあるのかということだ。日銀が国債を無限に買い続けると、どこかで国債が暴落して金利が上昇する。そのとき「金融緩和を縮小すれば暴落は防げる」と彼はいうが、そんなコントロールが可能なら、金融危機は起こらない。リーマン・ショックも、FRB(米連邦準備制度理事会)が止めることができたはずだ。
安倍首相も原田氏も政府が経済を完全にコントロールできると信じているが、黒田総裁はそう信じていないようにみえる。このように政府と中央銀行の考え方が食い違うのは、危険な兆候である。