Infoseek 楽天

「新安保法制」の問題点とは何か - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年3月26日 12時14分

 自民党と公明党の「与党合意」によって安保法制の大枠が決まったようです。合意の趣旨は「安全保障法制整備の具体的な方向性について」という文章になっています。内容は多岐にわたるのですが、要約すれば以下の通りとなります。

(1)日本の周辺で危機が起きた際の集団的自衛権による米軍、他国軍との連携。
(2)世界中を対象とした、有志連合やPKOへの自衛隊参加。
(3)自衛隊の武器使用条件の緩和、「駆けつけ警護」など相互殺傷の可能性のある作戦への参加拡大。

 この他にも邦人保護をどうするとか、具体的な論点もあり、また個々の問題に関して国会決議を必要とするかなどの点は合意にいたってはいません。ですが、とりあえず今回の「新安保法制」を大ざっぱに言えば、この3点と言えます。

 早速賛否両論が起きているようですが、問題はこの「新法制」によって自衛隊が戦闘行為に巻き込まれる可能性が高まるかどうかだけではありません。それより重要なのは、この新法制によって、日本の安全がより確保されるのかどうか、そこが最も大事なわけです。

 まず前述の3つの問題は、アメリカ並びにNATO諸国あるいは、豪州やインドなど日本の軍事外交上の同盟国には歓迎されると思います。何よりも、アメリカからは具体的に「集団的自衛権を合法化して、自衛隊が有効に機能するようにして欲しい」ということは、長年にわたって要求されていることでもあり、現在のオバマ政権も同様です。ですから、この「新法制」についても歓迎するでしょうし、例えば5月の日米首脳会談へ向けて、法制の議論が進展するようにという期待感は強いものがあると思います。

 理由は簡単です。アメリカにとっては、東アジアの戦力バランスあるいは世界における反テロ戦争に関して、日本がより「負担」をしてくれる分だけ、アメリカとしては負担が軽減されるからです。

 負担が軽減されて助かるとか、カネが浮くと言うよりも、政治情勢や経済情勢の変化の中で「日本は負担が少な過ぎるからタダ乗りだ」とか「日本はカネだけ出して、血を流すのは我々なのか」といった「日本切り捨て論」を防止する効果があるのと、何よりも「日本に要求を受け入れさせることができた」という「成果」をオバマ政権が議会や世論にアピールすることができる、そうしたアメリカの内政上の問題が背景にあると思います。

 残念ながら、こうした「計算」とか「駆け引き」というのは国際政治には付き物です。では、そのような「リアリズム」を直視するならば、この「新安保法制」を成立させて、アメリカの現政権との「関係を強化」するのは正しいのでしょうか?

 問題は「リアリズム」の観点から直視すべき点が、もう1つあるということです。

 それは、この「新安保法制」を推進して日本が「負担」をするとしても「日本国内の歴史修正主義にアメリカが理解を示す」ことはないという点です。いわゆる「負担」の問題には政治的な足し算や引き算が成立する一方で、歴史認識の問題については、そうした「差し引きの計算」は成立しません。

 この点に関して安倍政権の姿勢は、やはり脇が甘いと思います。自衛隊を「軍」と呼ぶとか、戦後70年にあたっていまだに厳粛な追悼の姿勢をどう示すか決めかねているというのは、この点、つまり「歴史認識の問題は差し引きの計算にならない」という「リアリズム」を認識していないのではないかという懸念が消えない、そこが大変に気掛かりです。

 どうして「差し引きの計算」にならないのでしょう? それは価値観の共有という大切な問題だからです。戦後世界というのは、二度と世界大戦を起こしてはならないという「国連憲章」を最高の規範として成立しています。その世界において、旧枢軸国の名誉回復を企図するとか、戦前と戦後の「国のかたち」の区別を曖昧にしたままで自衛隊を「我が軍」などというのは、そうした価値観を共有「したい」というメッセージ性に欠けるのです。

 さらに言えば、「旧枢軸国の名誉回復を企図している」というイメージの拡散を安倍政権が今後も放置すれば、それは東シナ海から西太平洋にかけて活動を活発化している中国軍について、「行動には大義がある」という誤った理解を拡大させることにもなります。そうなれば、結果的に軍事バランスも、外交のバランスも崩れてしまうのです。アメリカはそのことを大変恐れています。

 こうした無自覚な言動がいつまでも止まらないようでは、「新安保法制」を成立させて自衛隊に大きな「負担」を背負わせても、結果的に日米関係は改善しないし、日本の周辺における軍事バランス・外交バランスも好転しない、その結果として日本の安全は「より保障されない」ことになってしまいます。

 この点は徹底した「リアリズム」で議論されることを期待したいと思います。

この記事の関連ニュース