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アムトラック脱線で「リニア売り込み」は加速するか - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年5月14日 13時46分

 今週12日夜にフィラデルフィア郊外で発生したアムトラックの列車脱線事故は、死者7人、重軽傷者200人という大惨事になりました。原因としては、事故から1日も経たないうちに「制限速度80キロ」のカーブに「時速163キロ」で進入したのが原因という暫定的な発表がされています。

 機関車が本来の軌道から大きく逸脱して隣の貨物線に突っ込んでいること、そして車両の破損具合から見ると相当なインパクトだというのは分かりましたが、この有名な「フランクフォード・ジャンクション」のカーブに時速160キロ超で進入というのは、にわかには信じられません。

 運転士のヒューマンエラーが濃厚ですが、32歳男性の運転士は弁護人選任がされるまで黙秘しており、詳細は今後の発表を待ちたいと思います。それにしても、この「北東回廊」(ボストン~ワシントンを結ぶ東部の幹線)というのは私も頻繁に利用している路線です。また死亡した人の中には、隣町の住人でAP通信社勤務の男性も入っており、まったく他人事ではありません。

 アメリカでも、ATS(自動列車停止装置)やATC(自動列車制御装置)はまったくないわけではありません。実は近年、この種の鉄道事故はむしろ増えており、議会主導で「強制的な停止装置(ATS)」を義務付けようとしていましたが、この区間に関してはまだ未設置でした。

 私の理解では、この事故の起きた区間は、1950年代までは世界の最先端を行っていたペンシルベニア鉄道の路線ですから、線路を通じた信号電流による「車内信号現示装置」があるはずです。ですから、区間ごとの制限速度は標識ではなく、運転台に表示されているはずです。

 ですが、強制力はない中で運転士が飛ばそうと思えば速度を出せるのも事実であり、システムとしてお粗末であるのは間違いありません。今回の事故に関して言えば、同じ場所で1943年に死者79人を出す大事故が起きているのですが、この事故は速度超過というよりも、台車の油切れによる車軸の加熱と破損の結果であるとされています。ですから、「速度超過の要注意箇所」という理解が伝達されていなかった可能性もあります。

 これに加えて、旅客向けの高速鉄道と貨物(さらには郊外電車も)が混在することの危険という問題があります。今回の事故現場でも、脱線した機関車や客車の数十メートル先に貨物のタンク車がゾロゾロ留置されており、もしも可燃物を積載していた車両に衝突していたらと思うとゾッとします。ですが、問題はそれだけではありません。

 貨物は運行会社各社が乗り入れてくる一方で、低速であり重心も一定ではありません。ですから、貨物列車のことを考えるとカーブに「傾斜(カント)」を深くつけることはできないのです。写真で見た感じでは、事故現場のカーブでのカントはかなり浅い感じで、制限速度50マイル(80キロ)というのも、ちょっとギリギリではないかという印象を持ちました。事故を起こした列車はそこへ時速160キロ以上で突っ込んだのです。

 いずれにしても、ATS/ATCが強制作動しない、運転士のヒューマンエラーの可能性、そして貨物が混在するために高速向けの軌道の調整ができないなど、問題はたくさんあります。軌道の問題に関して言えば、そもそも保線管理が徹底していないということも言えます。

 こうした事態を受けて、日本の新幹線技術を導入したらどうかという感想を持つ方も多いかもしれません。確かに「東海道新幹線のN700系(最高速度300キロ、ただし山陽区間のみ。東海道は285キロ)」や「東北新幹線のE5系(最高速度320キロ)」が、この北東回廊を行き来するようになれば、便利この上ないと思います。

 ですが、こうした「新幹線車両の売り込み」は、残念ながら非現実的です。今回の事故で明らかなように、アメリカでは「鉄道は衝突や脱線を起こすもの」という思想で作られています。ですから、日本の軽量化した車両では「ヤワ」過ぎて規制に合わないからです。

 例えば、このアムトラックの場合は、脱線転覆事故が起きるのを前提として各車両の窓は内側から壊して開けられるようになっています。今回も、そうやって窓から脱出した人も多いようですが、日本の新幹線車両にはそうした仕掛けはありません。

 日本では「軽量化した車両」で高速化、省エネ化を実現しつつ開業以来の無事故を続けているのですが、これも、「完全立体交差」「完全な専用線」「深夜時間帯の走行を禁止して保線点検を徹底する」という3原則があるからです。アメリカの鉄道は貨物が混在し、しかも24時間システムですから、車両だけ日本の新幹線を持ってくるのは危険です。

 では「リニア」はどうかと言えば、こちらはそもそもが「標準軌の鉄道」ではないのですから、貨物や通勤列車との混在はあり得ません。完全な専用線で、しかも最新の運行システムを含めて建設することになります。つまり、アメリカの鉄道システムの「ボロボロになった過去のインフラ」とは決別した形でのスタートが切れるのです。

 この北東回廊に関しては、首都ワシントンからメリーランド州ボルティモアまでの約60キロの区間に関して、リニア技術を提供しようと日本の官民挙げての提案が進行中です。今回の事故を契機に、リニアによる専用線の高速鉄道をワシントンからニューヨーク、いずれはボストンまでの北東回廊の全線に建設するような動きも出てくるかもしれません。そのためにも、まずはワシントン~ボルティモアの区間で日本のリニア技術採用を実現させたいものです。

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