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なぜアメリカはFIFA汚職の摘発に踏み切ったのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年5月28日 11時24分

 何とも突然でした。新任のロレッタ・リンチ司法長官率いるアメリカの司法省は今週、贈収賄などの疑いでFIFA(国際サッカー連盟)の幹部9人を含む15人を起訴したと発表したのです。起訴された幹部には、現職の副会長2人と元副会長が含まれているというのですから大変です。ちなみに、今週末の会長選挙で再選を目指しているゼップ・ブラッター会長は現時点では入っていません。

リンチ米司法長官はFIFAの巨額贈収賄疑惑にメスを入れた Shannon Stapleton - Reuters

 起訴に踏み切ったのは米司法省ですが、スイス当局と密接な連携の上で捜査が行われており、リンチ司法長官は、被疑者の逮捕についてはスイス当局に依頼しています。その逮捕は、例えばFIFA幹部に関しては会長選挙などの会議のために滞在していた高級ホテルで、27日に粛々と進められたそうです。

 捜査の指揮をしているのはリンチ司法長官ですが、今回の捜査に関しては司法省(日本で言う最高検察庁)に加えてその傘下にあるFBI(連邦捜査局)、更にはIRS(内国歳入庁、つまり国税庁)が合同捜査チームを構成しているそうです。このような体制は、過去にはマフィア組織に対する壊滅作戦ぐらいしか例がなく、それくらい本格的なものだと言われています。

 またリンチ長官は、アメリカの検察・捜査当局の頂点である司法長官に就任する前は、司法省でこの「FIFA疑惑潜入捜査チーム」を指揮していたそうですから、彼女の司法長官人事と、今回の摘発には大きな関連があると見るべきでしょう。今回の捜査は、そんなわけでオバマ政権の、文字通り「国策」としての捜査と言えそうです。

 それにしても、どうしてアメリカ政府はFIFAの幹部に対して、これほどの大きな摘発に踏み切ったのでしょうか?

 米司法省によれば、この事件は明確に「アメリカ合衆国において行われた犯罪」だというのです。その根拠としては3点あります。

 1つは「贈収賄行為は主としてアメリカの金融機関の口座を利用して行われている」ということです。贈収賄並びに、それを隠ぺいするためのマネーロンダリング行為などは、明確に米国内法に反する行為だというのです。2つ目は実際に贈収賄の謀議なり、実行が行われたのが米国領内であるケースが多いということ、そして3つ目としては、FIFAの不正は米国のメディア産業を歪め、結果的に米国の消費者にとっての不利益になるという理由です。

 犯罪の規模としては、あるFIFAの幹部は1人で1000万ドル(12億円)の賄賂を受領していたということですし、利権の仲介をした「スポーツ・マーケティング会社」の幹部は同じく1人で1億5000万ドル(185億円)もの賄賂と「キックバック」を受け取っていたというのですから、仮に事実とすれば巨大な犯罪ということになります。

 容疑の中には、ワールドカップの開催地決定に関する不正として、2018年ロシア大会と2022年カタール大会の開催決定に関する疑惑が指摘されています。また司法省として特に問題視しているのは、2016年のコパ・アメリカ(旧南米選手権)が、通常は南米各国の持ち回り開催であるにも関わらず、アメリカでの開催となった経緯だそうです。

 では、オバマ政権はなぜ今この時期に摘発に踏み切ったのでしょうか?

 例えば、18年のロシアW杯は現在の米ロ関係から見てあらためて賛成できない、22年のカタールW杯も湾岸の治安を考えると適当な場所ではなくなったというようなファクターはあるでしょう。ですが、それは主要な理由ではないと思います。

 では、野球やアメリカンフットボール、そしてバスケットボールの人気が高いアメリカとして、国際的なサッカー人気に水を差したいというような意図があるのでしょうか? これは違うと思います。そんなことをするメリットはアメリカにも、オバマ政権にもないからです。

 ここからは私見ですが、オバマ政権は「ヒスパニック系有権者」を意識して動いていると思います。ヒスパニック系人口のサッカー人気というのは絶大で、彼等の出身国のナショナルチームの動向、あるいは出身国の国内リーグ、あるいはコパ・アメリカやW杯なども、非常に重大な関心事です。

 今回の摘発は、アメリカの非ヒスパニック系にとっては、サッカー人気に水を差す作用が多少はあるかもしれませんが、そもそもサッカーの熱狂的なファンであるヒスパニック系に対する影響は異なると考えられます。それは、自分たちの愛するサッカーが「欧州やアメリカの金持ちによって歪められている」という思いから、ヒスパニック系住民にオバマ=リンチの「国策捜査」が支持されるという可能性です。

 彼等としては、サッカーを愛するがゆえに、そのサッカーがあまりにも巨額な金によって汚れているのであれば、そこにメスを入れるのが「米司法当局」であることには、快哉を叫ぶのではないかというわけです。同時に、サッカーにはそんなに興味はない非ヒスパニック系のアメリカ人にとっても、ヨーロッパの腐敗した貴族的な人々をアメリカの司法が裁くという「ドラマ」は、どちらかと言えば歓迎されると思います。

 さらに言えば、欧州各国としてはサッカーと言うビジネスの存在感が大き過ぎて手が出せない一方、アメリカではそれが可能だということ、それ以前の問題として、アメリカの当局としては看過できないような悪質で大規模な容疑ということはあると思います。

 そうしたファクターを考慮しつつ、オバマ政権、特にロレッタ・リンチ司法長官は、ある種の「劇場型捜査」に踏み切った――。現時点はまだ分かりませんが、そんな文脈で今後の展開を見ていくことができると思います。

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