有力なエコノミストがタイタニック号の比喩を持ち出したときは、経済の先行きを心配したほうがいい。英金融大手HSBCのチーフ・グローバルエコノミストであるスティーブン・キングは先頃発表した報告書で、まさにその不吉な予言を行った。
キングに言わせれば、今の世界経済は、「救命ボートのない外洋客船」が巨大な氷山に向けて突き進んでいるようなものだという。政府債務が膨れ上がり、経済成長は減速し、超低金利状態で金融政策の「弾」も尽き始めている、というわけだ。
キングが警告を発するのも無理はない。金融危機前に比べて金融機関の財務はだいぶ健全化されているが、最近は政府と家計の債務が積み上がっている。
マッキンゼー・グローバル研究所によれば、世界全体の債務の総額は07〜14年で57兆ドル増えて、200兆ドルに近づいている。この増加分のうち、25兆ドルが政府債務だ。特に問題なのは、世界の大半の国で政府債務の対GDP比が08〜09年より上昇していることだと、同研究所は指摘する。
世界の中央銀行が量的緩和を縮小し始めたらどうなるのか
それだけではない。世界の国々の中央銀行が足並みをそろえて量的緩和を実施した結果、グローバルな金融システムに約12兆ドルの流動性が注入された。この措置は、資産インフレと株価の上昇をもたらしている。
問題は、中央銀行が量的緩和政策の縮小を始めたとき、どうなるかだ(いずれは、必ずそういう時期が来る)。株価と住宅価格が暴落し、それが成長の足を引っ張り、さらにそれが株価と住宅価格の下落を招く......という負の連鎖に陥り、経済がパニック状態になりはしないか。
しかし、金融危機の再来になることは考えにくい。金融機関に対する厳しい規制が導入された結果、世界の巨大金融機関は昔に比べてリスクを避けるようになっているからだ。
むしろ、世界経済に差し迫っている問題は低成長危機だ。それなりの経済成長率が実現しなければ――IMF予測の3・5%では足りない――世界経済という船は、母港を持たず、舵が故障したまま、海図のない海を漂流することになる。
日本銀行や欧州中央銀行(ECB)、FRB(米連邦準備理事会)など、世界の40以上の国の中央銀行が協調して行っている量的緩和は、船を沈まないようにするための措置と位置付けられるだろう。次に必要なのは、世界の国々が協調して、経済成長を促す措置を実行することだ。
まずは、世界最大の経済大国であるアメリカが先陣を切るべきだ。具体的には、法人税の大幅減税と巨額のインフラ投資を行う必要がある。アメリカ企業は高い税率と新しい規制に怯えるあまり、将来の成長に欠かせない設備投資を減らし、代わりに目先の株価を押し上げるだけの自社株買いに精を出しているのが現状だ。
「低成長危機」を乗り切るための債務は恐れるな
また、世界規模でインフラ整備と研究開発(R&D)に莫大な投資を行えば、世界経済の成長率を押し上げ、雇用を創出し、経済の見通しを今より明るいものにできるだろう。金融政策にも一定の効果はあるが、それだけでは経済のパイを十分に拡大できない。
もちろん、減税とインフラ投資を行えば政府債務は増える。しかし、それは必要な債務だ。長期停滞を抜け出す道は、ほかにない。いま世界経済が直面している問題の核心は、政府債務そのものではない。悪いタイプの債務を積み上げる一方で、金融政策によって危機を食い止めているにすぎないこと、それが本当の問題だ。
世界経済は、巨大氷山に向けて突き進むタイタニック号になる運命と決まったわけではない。船に修繕を加えれば、また以前のように、明るい水平線に向けて大海原を疾走する外洋客船になることができる。
船に積み込む債務という荷物は増えるが、その新しい債務は、世界経済を成長させ、漂流する船を立て直すために不可欠な燃料なのだ。
[2015.6. 9号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)
キングに言わせれば、今の世界経済は、「救命ボートのない外洋客船」が巨大な氷山に向けて突き進んでいるようなものだという。政府債務が膨れ上がり、経済成長は減速し、超低金利状態で金融政策の「弾」も尽き始めている、というわけだ。
キングが警告を発するのも無理はない。金融危機前に比べて金融機関の財務はだいぶ健全化されているが、最近は政府と家計の債務が積み上がっている。
マッキンゼー・グローバル研究所によれば、世界全体の債務の総額は07〜14年で57兆ドル増えて、200兆ドルに近づいている。この増加分のうち、25兆ドルが政府債務だ。特に問題なのは、世界の大半の国で政府債務の対GDP比が08〜09年より上昇していることだと、同研究所は指摘する。
世界の中央銀行が量的緩和を縮小し始めたらどうなるのか
それだけではない。世界の国々の中央銀行が足並みをそろえて量的緩和を実施した結果、グローバルな金融システムに約12兆ドルの流動性が注入された。この措置は、資産インフレと株価の上昇をもたらしている。
問題は、中央銀行が量的緩和政策の縮小を始めたとき、どうなるかだ(いずれは、必ずそういう時期が来る)。株価と住宅価格が暴落し、それが成長の足を引っ張り、さらにそれが株価と住宅価格の下落を招く......という負の連鎖に陥り、経済がパニック状態になりはしないか。
しかし、金融危機の再来になることは考えにくい。金融機関に対する厳しい規制が導入された結果、世界の巨大金融機関は昔に比べてリスクを避けるようになっているからだ。
むしろ、世界経済に差し迫っている問題は低成長危機だ。それなりの経済成長率が実現しなければ――IMF予測の3・5%では足りない――世界経済という船は、母港を持たず、舵が故障したまま、海図のない海を漂流することになる。
日本銀行や欧州中央銀行(ECB)、FRB(米連邦準備理事会)など、世界の40以上の国の中央銀行が協調して行っている量的緩和は、船を沈まないようにするための措置と位置付けられるだろう。次に必要なのは、世界の国々が協調して、経済成長を促す措置を実行することだ。
まずは、世界最大の経済大国であるアメリカが先陣を切るべきだ。具体的には、法人税の大幅減税と巨額のインフラ投資を行う必要がある。アメリカ企業は高い税率と新しい規制に怯えるあまり、将来の成長に欠かせない設備投資を減らし、代わりに目先の株価を押し上げるだけの自社株買いに精を出しているのが現状だ。
「低成長危機」を乗り切るための債務は恐れるな
また、世界規模でインフラ整備と研究開発(R&D)に莫大な投資を行えば、世界経済の成長率を押し上げ、雇用を創出し、経済の見通しを今より明るいものにできるだろう。金融政策にも一定の効果はあるが、それだけでは経済のパイを十分に拡大できない。
もちろん、減税とインフラ投資を行えば政府債務は増える。しかし、それは必要な債務だ。長期停滞を抜け出す道は、ほかにない。いま世界経済が直面している問題の核心は、政府債務そのものではない。悪いタイプの債務を積み上げる一方で、金融政策によって危機を食い止めているにすぎないこと、それが本当の問題だ。
世界経済は、巨大氷山に向けて突き進むタイタニック号になる運命と決まったわけではない。船に修繕を加えれば、また以前のように、明るい水平線に向けて大海原を疾走する外洋客船になることができる。
船に積み込む債務という荷物は増えるが、その新しい債務は、世界経済を成長させ、漂流する船を立て直すために不可欠な燃料なのだ。
[2015.6. 9号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)