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カザフをにらむ孔子学院が、中華思想対イスラムの発火点となる

ニューズウィーク日本版 2015年6月15日 11時46分

 中央ユーラシアの背骨である天山山脈。天山の北麓にアルマトイという都市がある。「リンゴの都」の意だ。旧ソ連から独立後、97年までカザフスタンの首都だったこの地に中国政府の文化機関、孔子学院があり、現在約1500人の若者たちが学んでいる。

 世界各国の支部で中国語と中国文化を教える孔子学院は中国共産党のプロパガンダ機関と批判され、欧米諸国から軒並み姿を消しつつある。そんななかで、シルクロードの天山北路に09年に設置された校舎だけは活況を呈し、イスラム文化圏にあって異彩を放っている。

 中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は先月に13年以来2度目となる同国訪問を実現し、シルクロード経済圏構想を持ち掛けている。中国の狙いはカザフスタンの豊富な地下資源であり、まさに経済的な権益を確保するための橋頭堡としての役割を孔子学院は果たしている。

 それだけではない。中国はまた孔子学院を通してカザフスタンに対する政治的干渉をも強めようとしている。というのも、カザフスタンには中国から亡命してきたウイグル人とカザフ人が大勢暮らしているからだ。

ウイグル人やカザフ人は中国ヘの同化に抵抗している

 時は1962年。中国・新疆ウイグル自治区西部のイリとタルバガタイ地区に住むウイグル人とカザフ人は、人民公社など中国の急激な公有化政策に反発。生活レベルが高かったソ連に大挙して逃亡した。中ソ国境紛争の1つとして知られる「イリ・タルバガタイ事件」である。中ソがイデオロギーをめぐって対立していたこの時期、亡命者はモスクワの対中干渉のカードとして使われてきた。

 ソ連崩壊後の今日、彼らは新疆ウイグル自治区における分離独立運動の最大の支持者となっている。中国は孔子学院を通して、亡命者組織を分断し、抑えようと企図している。

「カザフスタンの現代の大ハーン」ナザルバエフ大統領には別の雄略がありそうだ。中央アジア諸国の中でいち早くシルクロード経済圏への支持を表明しており、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加も決めている。

 こうした「親中」ぶりの一方で、実は新疆に住むカザフ人への配慮もある。新疆北部に住む約150万人ものカザフ人の大半は、1917年のロシア革命後の移住者たちの子孫だ。ソ連で遊牧民に対する過酷な定住化政策が導入されていた時期に、それを嫌ったカザフ人は東トルキスタンと当時呼ばれていた新疆側に渡った。

 もともと「トルコ系の言葉を話す人々の故郷」を意味するトルキスタン。その一部である東トルキスタンは、ウイグル人にとってもカザフ人にとっても民族の故郷だ。彼らにとって、北京とモスクワの意向で勝手に引かれた国境線は、まさに自由を剥奪された象徴以外の何ものでもない。

 ナザルバエフは新疆側で暮らす同胞たちの境遇に目を光らせている。中国政府の高圧的な民族政策が場合によっては民族の新たな大移動を触発する危険性を帯びているので、カザフスタン政府も神経をとがらさざるを得ないからだ。

儒教は伝統的な境界線だった万里の長城を越えるか

 孔子に源を発する儒教の思想は歴史的に万里の長城の最西端、嘉峪関(かよくかん)を越えたことはなかった。長城は儒教とイスラムとの境界線でもあった。一度だけ、中国の為政者たちは東トルキスタンで儒教を強制したことがある。19世紀後半にムスリムたちが清朝に対して大反乱を起こし、鎮圧された後のことである。湖南省出身の中国人軍閥が儒教でもってトルコ系住民たちを中華の臣民に改造しようと試みたが、猛反発を受けて失敗に終わった。

 今日においても、新疆ウイグル自治区のウイグル人とカザフ人が最も抵抗しているのは中国への同化だ。水と油のように混合不可能な儒教思想とイスラム。孔子学院を武器に中華思想をイスラム圏へ広げようとする野望は、新たな火種になる可能性が高い。

[2015.6. 9号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)

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