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ヒラリー対ジェブ、2人のビデオを比べてみると - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年6月16日 12時30分

 2016年の大統領選へ向けて、ヒラリー・クリントン(民主党)が出馬宣言を行ったのが4月12日でしたが、それから2カ月遅れて、ジェブ・ブッシュ(共和党)も6月15日に正式に出馬宣言をしました。

 ジェブ・ブッシュの出馬宣言が遅れたのは、5月に「イラク戦争への評価」をめぐってコメントが二転三転してメディアに叩かれたため、タイミングを見計らっていたことがあると思います。ですが、その間にも共和党内では出馬宣言が続き、主要な候補はほぼ出揃った感があり、結果的には「真打ちは最後に登場」という演出になった感じもあります。

 発表された選挙戦のステッカーは「ジェブ!」という文字が大きく表示されたもので「ブッシュ」という名字は入れないなど、「ブッシュ家の3番目」というイメージを払拭しようという強い姿勢があるようです。ですから本稿でも以降は「ジェブ」候補と呼ぶことにします。

 ヒラリーは、夫のビル・クリントン元大統領と区別するために、多くの場合で「ヒラリー」と呼ばれていますが、ジェブも同じようにファーストネームを浸透させて対抗しようということ、そして、過去の「パパ・ブッシュ」や「ジョージ」とは違うのだというアピールも感じられます。

 さて、現代の選挙戦ではプロモーションビデオが極めて重要です。ユーチューブなどを使って拡散される中で、候補者のイメージを伝える主要なツールだからです。こうしたビデオには巨額な予算が投じられ、ある意味では「カネまみれ選挙」の象徴でもあるわけですが、お金をかけて制作した分だけ陣営の意図が見えてくるという面は否定出来ません。


ヒラリーのプロモーションビデオ "Getting Started"


 そこで、現時点での両陣営の姿勢の「違い」を確認する材料として、2人のプロモーションビデオに注目してみたいと思います。

 まず、4月12日に配信を開始した、ヒラリー・クリントンの "Getting Started" というビデオは、内容としては「アメリカのミドルクラス」の人々が「困難な中で再スタートをする」というエピソードが集められています。

 具体的には「シングルマザーの人生の再出発」「レストランを起業するヒスパニックの人びと」「子育て期間を終えて再就職する女性の再出発」「初めての子供を迎えるアフリカ系の夫婦のドキドキ」「大学を卒業した後で就職活動中のアジア系の学生」「夏に結婚する予定のゲイ・カップル」といったものです。

 要するに、2008年以来の不況で人々が苦しんでいる、その「再スタート」を応援する、そしてその「再スタート」というのが、2008年のオバマとの対決に敗北した彼女の「再チャレンジ」と重なるという演出でした。

 ヒラリー候補本人はビデオの前半には出てきません。登場するのは最後だけで、何とも「大政治家」風に出てくるのです。そして「私も再出発」だとして出馬を宣言、そして「これから遊説に出ます。皆さんの支持をいただくためです」とストレートに支持を訴えていました。

 ビデオの作りとしては、あくまでイメージが中心です。俳優を使って「創作したフィクションのイメージビデオ」という印象が強く、あくまで出馬宣言の「勢いをつける」ためのビデオという印象です。

 一方のジェブ陣営のものは、6月14日に配信を開始した "Making a Difference" というビデオです。まず、内容はヒラリーの "Getting Started" を相当に意識し、また研究し尽くした感じがあって、よく似ています。


ジェブのプロモーションビデオ "Making a Difference"


 ジェブ陣営のビデオの登場人物は4名で、それぞれが「家族全員が高校中退である中、自分は初めて卒業し大学にも行けたというアフリカ系女性」「ごみ収集の仕事からスタートしてコツコツとキャリアを積み上げたヒスパニック男性」「重度の障がいを持った少女の母親」「家庭内暴力に苦しむ女性たちを支援している専門家」であり、実名を名乗っているところから見ると、どれも本物のようです。

 この4名はいずれもフロリダ州の住民で、要するに「ジェブ候補が知事の時代に行った政策に助けられた」ということを説明するために登場するわけです。また、ビデオの最初からジェブ氏自身が登場して、自分の知事時代の実績や、政策に関する姿勢を淡々と述べるのです。その意味では、非常に「わざとらしい」のですが、内容をよく聞くと共和党の政治家にしては「キメ細かく格差是正」をやっているという印象を与えます。

 また、3分ほどのビデオは全く同じトーンで貫かれており、例えば共和党内の財政保守派、あるいは軍事タカ派、宗教保守派などに「エールを送る」ような趣旨の部分は全くありません。実にキッパリと中道カラーで一貫しているのです。

 仮に「ヒラリー対ジェブ」という対決になった場合の選挙戦に関しては、「リベラルなクリントン家」対「保守的なブッシュ家」の「両イデオロギーの激突」などというイメージの展開には「なりそうもない」ように思います。

 アメリカの中央政界は依然として「左右対立による議会とホワイトハウスの綱引き」が続いていますが、そのことへの反発も含めて、世論には「中道実務家」を望む声が多いように思われます。ジェブ候補の選挙戦は、その中道路線を掲げるものとなるでしょうし、それが支持を集めるようですと、ヒラリー候補もそれほど左寄りの路線には行けないのではという観測ができます。

 最後にもう一つ、この2本のビデオもそうですが、現時点では「軍事外交問題」は選挙戦の大きなテーマにはなりそうもありません。あくまで内向きの時代の選挙ということです。

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