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中国鉄道、南米上陸の皮算用

ニューズウィーク日本版 2015年6月22日 10時59分

 中国の高速鉄道が南米大陸を貫くことになりそうだ。先月下旬の中国の李克強(リー・コーチアン)首相の南米歴訪を機に、ブラジルとペルーを結ぶ南米横断鉄道を建設するという巨大プロジェクトが動き始
めた。中国の支援により、大西洋岸のポルトドアス(ブラジル)と太平洋岸のプエルトイロ(ペルー)の間の約5300キロを鉄道でつなぐ計画だ。

 このいわゆる「両洋鉄道」が開通すれば、南米から中国への資源輸出の時間と費用は大幅に削減される。ブラジルから中国への穀物輸出のコストを1トン当たり約30ドル減らせる見込みだと、ブラジルの政府当局者は以前に語っている。ブラジルとペルーにとって、中国は極めて重要な貿易相手国だ。ブラジルは中国に鉄鉱石と大豆を大量に輸出しているし、ペルーの最大の輸出先(主な輸出品は金や銅などの
鉱物)は中国だ。

 南米横断鉄道の計画は、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が昨年7月にブラジルを訪ねたときに提案したものだ。今回、李はブラジルのジルマ・ルセフ大統領、ペルーのオジャンタ・ウマラ大統領と相次いで会談し、鉄道計画の実現可能性を探る調査を開始することで合意した。

熱帯雨林を突っ切る経路

 総建設費用は推計100億ドル。建設期間は6年を要する見込みだ。約5300キロのうち3200キロはブラジルを通る。AP通信によれば、ブラジルの建設業者が建設を受注する可能性が高いが、中国の業者も参加するかもしれない。

 中国と南米の双方にとって、経済面の期待は大きい。景気が減速している中国は、原材料をこれまでより安価に、迅速に輸入できるようになる。

 さらに「計画が適切に実行されれば、最も恩恵を受けるのは南米諸国だ」と、中国と南米の関係を研究しているボストン大学のケビン・ギャラガー准教授(国際関係論)は指摘する。「高速鉄道が通れば、輸出が拡大しているアジアへ物資を輸送しやすくなるし、南米大陸内の貿易も促進されるかもしれない」

 いま南米では、インフラへの投資が絶望的に不足している。国連中南米カリブ経済委員会(ECLAC)の推計によれば、この地域のインフラ需要を満たすためには、2020年まで年間約3200億ドルの投資が必要だ。これは域内のGDPの6.2%に相当するが、現状ではインフラ投資に回されている金額はGDPの2.7%にとどまっている。

 中国は近年、融資や投資を通じて南米諸国との関係を深めてきた。1月には、習が10年間で2500億ドルを投資することを約束している。IMF(国際通貨基金)の予測によれば今年の経済成長率が1%未満にとどまる南米諸国も、中国マネーを歓迎している。

 南米横断鉄道は「中国と南米諸国の関係の試金石だ」と、ギャラガーは言う。「環境への悪影響を最小限に抑え、地域コミュニティーの意向を計画に反映させることができれば、高速鉄道はすべての当事者に恩恵をもたらすが、その正反対の結果になる可能性もある」

 環境保護団体や市民団体は、早くも警告を発している。計画されているルートは、アマゾンの熱帯雨林を突っ切り、先住民の居住地域を通るからだ。「過去にブラジルで実施された大規模インフラ事業の例を考えれば、今回の計画がブラジルに好ましいものとは到底言えない」と、
ビジネス・人権資料センター(ブラジル)の研究員ジュリア・メロ・ネイバは言う。

 ブラジルで激しい反発を招いた大規模インフラ事業としては、北部パラ州のベロモンテ水力発電ダム計画がよく知られている。ダム建設に伴う立ち退きについて事前の相談がなく、補償も不十分だとして、先住民が強く抵抗した。その結果、計画に大幅な遅れが生じ、莫大な予算が無駄になった。政府に対する地域コミュニティーの信頼も損なわれた。

経済減速で両国に焦り

 昨年12 月には、中国系香港企業の資金拠出により、中米のニカラグアで大西洋と太平洋を結ぶ運河の建設が着工した。20年の開業を目指しており、アメリカの影響が強いパナマ運河を上回る規模の巨大運河になる見込みだ。しかしこのプロジェクトも、土地の権利と環境破壊の懸念をめぐり激しい反発を招いている。

 もちろん、ニカラグア運河と南米横断鉄道を同列に論じるべきではない。南米横断鉄道計画は、国外でのインフラ事業に豊富な経験を持つ中国政府が正式に支持しており、既存インフラとの競合関係もない。それでも、中国とブラジル、ペルーの政府が環境と人権への配慮を怠れば、ニカラグア運河やベロモンテ水力発電ダムのように猛反発を買いかねない。計画が具体化するにつれて反発はさらに強まるだろうと、ネイバは予測する。

 ただし、人権団体や環境保護団体の声が反映される可能性はあると、ネイバは言う。「中国はこれまで多くの国で同じようなプロジェクトを行い、地域コミュニティーや環境への配慮を怠って反発を招いてきた。今回の鉄道計画では、市民団体が求めれば、あらゆる段階で計画に関与することができるかもしれない」

 ブラジルとペルーの両政府の出方も注目する必要がある。経済が減速し、中国からの需要も縮小している状況で、「両国にはやや焦りが見られる」と、ギャラガーは言う。「焦るとずさんな行動を取りがちだ」

 鉄道は長期にわたるインフラ事業だ。すべての当事者が長い目でものを見て判断を下すべきだろう。

[2015.6.16号掲載]
ブリアナ・リー

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