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新幹線放火事件、防犯カメラは効果が期待できるか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年7月7日 18時15分

 新幹線の放火事件はショッキングでした。事件直後の本欄では、インテリアに採用されている難燃性素材などを例に取って「安全性は揺らいでいない」という主張を展開しました。その上で、手荷物検査やチケットの記名性といった対策は、非現実的だとも申しました。

 そんな中で、具体的な対策ということでは、今回「デッキだけでなく客室内にも防犯カメラ設置」という話が出てきています。現在は車両寿命の末期にある700系は別として、東海道・山陽の主力車種であるN700A・N700系の全車両に「デッキだけでなく客室内」にもカメラを設置して抑止力を高めよう、またデッキにおけるカメラの設置数も増やして撮影範囲も広げようというのです。

 プライバシーの問題もあるかもしれませんが、とにかく匿名の人々が密室内で数時間を共にするわけですから、客車内も公共空間であることは間違いありません。今回のような放火事件だけでなく、乗客同士のトラブルなども今後は増加が予想される中、乗務員の負荷は高まるかもしれませんが、異常事態の迅速な把握という意味でも効果はあると思います。

 ですが、それだけではなく、もっと間接的なアプローチとして車内の雰囲気を「和らげる」ということは出来ないものでしょうか?

 私が一つ感じているのは、『のぞみ』の特殊性です。JR東海の方針はとりあえず明快で、各駅停車の『こだま』があって、それから米原と岐阜羽島(後は便によっては浜松とか静岡とか)などの人は『ひかり』、それからJRパスの外国人も『ひかり』という具合に乗客の振り分けをしているわけです。

 別に急ぐ人用にだけ『のぞみ』があるというのではなく、輸送量を計画的に分散するということです。ですが、その結果として、『のぞみ』というのはやはり「ビジネス超特急(かなり古い表現ですが)」になってしまっているように思います。

 例えばお子さんが泣いたりすると車内が「凍る」というのは、例えば東北新幹線の『はやぶさ』などとはちょっと雰囲気が違うように思います。『はやぶさ』のほうがはるかに多様な人が乗っている感じです(仙台以北は特にそうです)。それから九州仕様の『さくら』なども、中は結構華やかだったりします。

 ですが、『のぞみ』というのは、とにかくシーンとしていて、思い詰めたような表情のビジネスマンとか、「プレゼン命」という感じのスーツ姿の女性とか、あとはひたすら眠っている人とか、どこか張り詰めた雰囲気があります。

 今回の事件について、だから起きたとか、だからダメなんだというのは決して正当ではないし、被害に遭われた方にもそんな言い方は相応しくないのは分かっています。ですが、それはそれとして『のぞみ』というのは、ちょっと車内の雰囲気が不自然ということは気になります。

 例えばですが、車内放送にもっとヒューマンなテイストを加えるというのはどうでしょう? JR北海道では、旧国鉄調のスローで温かみのある声の声優さんを使って、例えば青函トンネル区間ではトンネルの概要を説明したり、停車駅の案内をしたりと工夫が見られます。東海道新幹線の場合は、マンネリ化したチャイム音や、機械的なアナウンスなど、どこか冷たい印象があります。

 勿論、多くの乗客に関しては「余計なアナウンスや冗長な語り」は、そんなに好評を博することはないでしょう。ですが、車内のトラブルを抑止する、あるいは思い詰めた悪意のある乗客に「最後のところで思いとどまらせる」ためのヒューマンタッチということは研究の余地があるように思います。

 これは新幹線ではありませんが、最近では相変わらず首都圏などでは、ラッシュ時に飛び込み(いわゆる「人身事故」)が続いているわけです。これもラッシュ時の独特のシーンとして張り詰めた群衆と言いますか、ホームにあふれたビジネス姿の男女の集団というのが、「自分はそこから疎外された」と思ってしまうと、もう「飛び込みの背中を押す」作用をしてしまうのではないかという印象があります。

 ではアメリカの通勤風景が「和気藹々」としているかというと決してそんなことはないわけですが、それはそれとして気になるということです。つまり、日本の鉄道というのが、人と人の出会いとか共存の場ということではなく、個々に分断された個人が「寂しく固まっている」という独特のカルチャーを持ってしまっているということです。

 首都圏を中心に「デジタルサイネージ」という仕掛けを通じて「音のないビデオ広告」の展開が拡大したり、地下鉄などでは「ワンマン運転」が増えてきたり、日本の鉄道文化の中に「非人間性」というような冷たいカルチャーがジワジワと増大しているようで、こうしたことも含めて大変に気になります。

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