添加物だらけの加工肉に喫煙、大気汚染......。これらが健康を害する大きな要因なのは今や常識。ところがここに、日々の生活で当たり前の行為が加わることになった。座ることだ。
平均的な事務仕事の会社員は毎日、7〜10時間以上を椅子に座って過ごす。問題は、科学的根拠に基づいて「寿命を縮める要因」と認められている数々の習慣(トランス脂肪酸の過剰摂取や喫煙など)と同じくらい、座ることが危険だと示す研究が次々と出てきていることだ。
長時間背もたれに身を預けることは、深刻で慢性的な健康問題を引き起こす可能性がある。例えば......。
■心臓病 座ることが心臓血管系に悪影響を及ぼすという科学的証拠は、1950年代から存在した。イギリスの研究者たちがロンドンのバス運転手(座る仕事)のグループとバス車掌(立つ仕事)のグループの心臓病罹患率を比較したところ、心臓発作やそのほかの心臓疾患の割合は、運転手が車掌の2倍近く高かった。
長時間座っていると筋肉の脂肪燃焼量はより少なくなり、血流もより不活発に。そのため脂質の塊が心臓の血管に詰まりやすくなる。高血圧や高コレステロールになる可能性も高い。1日当たり8時間以上座る人は4時間以下の人に比べ、心疾患になるリスクが2倍以上だ。
■糖尿病 私たちの体は血液中のブドウ糖(血糖)をエネルギーにして動いている。全身の細胞にブドウ糖を届ける役目をするホルモンが、膵臓で作られるインスリンだ。運動不足が続いて使われない筋肉はインスリンの刺激を受けにくくなって、ブドウ糖の取り込み能力が低下。血糖が下がらない状態が続く。これが糖尿病などの病気につながる可能性がある。
08年のある研究では、日中長時間座っている人は空腹時血糖値が著しく高いことが分かった。つまり、インスリンがうまく働いていないということだ。11年のある研究では、ほんの1日、長時間座っていただけで、インスリンの作用が低下することが分かった。
■癌 乳癌と結腸癌は運動の有無に何より影響されると考えられる。アメリカの11年の研究によれば、全米で運動不足が原因で新たに乳癌に罹患したとみられる患者は年間4万9000件、結腸癌は4万3000件に上ったという。
座ることで癌のリスクが高まる根本的なメカニズムはいまだ明らかになっていないが、研究者たちはいくつかのバイオマーカー(健康状態を判断するための指標)を発見している。例えばC反応性タンパクの数値は、長時間座っていると高くなる。こうした物質が癌の発生と何らかの関わりがあるかもしれない。
反対に、適度な運動が抗酸化物質を増やし、フリーラジカル(活性酸素)を減らす可能性も指摘されている。フリーラジカルは、細胞やDNAにダメージを与え、老化を加速させるとされている物質だ。
立つのと座るのを半々に
こうした研究結果が明らかになるにつれ、人気が高まっているのが「立ち机」。「座るのは大きな過ちだった。健康への悪影響は50年前から分かっていた」と、英コンサルティング会社アクティブ・ワーキングCIC設立者のギャビン・ブラッドリーは言う。「立った姿勢を基本とするか、座った姿勢を基本にするかの問題だ」
では、1日にどのくらい立っていれば健康で働き続けられるのか。学術誌ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスンに最近発表された研究は、勤務中に毎日少なくとも2時間は席を立ち、いずれは立つ時間を4時間以上に延長するよう呼び掛けている。
研究を主導したチェスター大学のジョン・バックリー教授(応用運動学)らは、2時間が健康の「分岐点」になると言う。2時間を超えると、立っている時間が1時間増えるごとに病気や死亡のリスクは軽減される。
「立って仕事をすることの利点に注目が集まっている今だからこそ、いつ、どうやって実行すれば効果的なのか、実用的なガイドラインが求められている」と、バックリーは言う。
座って仕事をする習慣に「立ち向かう」ためには、企業文化を変える必要がありそうだ。立ち机を採用するだけでなく、経営者自ら重要会議で椅子を撤廃する覚悟が必要かもしれない。
既に立ち机を使っている場合でも、1日何時間立てばいいのか多くの人が分かっていないと、バックリーは指摘する。その上、同じ場所に長時間立ちっ放しでいるのは苦痛で疲れるし、生産性も低下する。究極的には、立つ時間と座る時間を半々にすることが指標になるという。
生産性の向上にも効果
立つことはビジネスパーソン本人の健康に影響するだけではない。従業員の医療費を削減し、企業の医療保険料負担を軽減することにもつながる。
米厚生省が職場での健康維持プログラムの影響を調査したところ、立ち机の使用や体を動かすなどの項目が含まれるプログラムを導入した場合、従業員の医療費を削減できたと60%の経営者が回答。約80%は従業員の欠勤が減ったり、生産性が向上したりするなどの成果が見られたという。
これまでに「立ち文化」を採用した米企業には、ジョンソン・エンド・ジョンソンやシェブロン、マイクロソフトなどがある。
仕事はじっと座って集中してこなすもの──そんな常識を打ち破るために、そろそろ立ち上がる時かもしれない。
[2015.6.30号掲載]
ジェシカ・ファージャー
平均的な事務仕事の会社員は毎日、7〜10時間以上を椅子に座って過ごす。問題は、科学的根拠に基づいて「寿命を縮める要因」と認められている数々の習慣(トランス脂肪酸の過剰摂取や喫煙など)と同じくらい、座ることが危険だと示す研究が次々と出てきていることだ。
長時間背もたれに身を預けることは、深刻で慢性的な健康問題を引き起こす可能性がある。例えば......。
■心臓病 座ることが心臓血管系に悪影響を及ぼすという科学的証拠は、1950年代から存在した。イギリスの研究者たちがロンドンのバス運転手(座る仕事)のグループとバス車掌(立つ仕事)のグループの心臓病罹患率を比較したところ、心臓発作やそのほかの心臓疾患の割合は、運転手が車掌の2倍近く高かった。
長時間座っていると筋肉の脂肪燃焼量はより少なくなり、血流もより不活発に。そのため脂質の塊が心臓の血管に詰まりやすくなる。高血圧や高コレステロールになる可能性も高い。1日当たり8時間以上座る人は4時間以下の人に比べ、心疾患になるリスクが2倍以上だ。
■糖尿病 私たちの体は血液中のブドウ糖(血糖)をエネルギーにして動いている。全身の細胞にブドウ糖を届ける役目をするホルモンが、膵臓で作られるインスリンだ。運動不足が続いて使われない筋肉はインスリンの刺激を受けにくくなって、ブドウ糖の取り込み能力が低下。血糖が下がらない状態が続く。これが糖尿病などの病気につながる可能性がある。
08年のある研究では、日中長時間座っている人は空腹時血糖値が著しく高いことが分かった。つまり、インスリンがうまく働いていないということだ。11年のある研究では、ほんの1日、長時間座っていただけで、インスリンの作用が低下することが分かった。
■癌 乳癌と結腸癌は運動の有無に何より影響されると考えられる。アメリカの11年の研究によれば、全米で運動不足が原因で新たに乳癌に罹患したとみられる患者は年間4万9000件、結腸癌は4万3000件に上ったという。
座ることで癌のリスクが高まる根本的なメカニズムはいまだ明らかになっていないが、研究者たちはいくつかのバイオマーカー(健康状態を判断するための指標)を発見している。例えばC反応性タンパクの数値は、長時間座っていると高くなる。こうした物質が癌の発生と何らかの関わりがあるかもしれない。
反対に、適度な運動が抗酸化物質を増やし、フリーラジカル(活性酸素)を減らす可能性も指摘されている。フリーラジカルは、細胞やDNAにダメージを与え、老化を加速させるとされている物質だ。
立つのと座るのを半々に
こうした研究結果が明らかになるにつれ、人気が高まっているのが「立ち机」。「座るのは大きな過ちだった。健康への悪影響は50年前から分かっていた」と、英コンサルティング会社アクティブ・ワーキングCIC設立者のギャビン・ブラッドリーは言う。「立った姿勢を基本とするか、座った姿勢を基本にするかの問題だ」
では、1日にどのくらい立っていれば健康で働き続けられるのか。学術誌ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディスンに最近発表された研究は、勤務中に毎日少なくとも2時間は席を立ち、いずれは立つ時間を4時間以上に延長するよう呼び掛けている。
研究を主導したチェスター大学のジョン・バックリー教授(応用運動学)らは、2時間が健康の「分岐点」になると言う。2時間を超えると、立っている時間が1時間増えるごとに病気や死亡のリスクは軽減される。
「立って仕事をすることの利点に注目が集まっている今だからこそ、いつ、どうやって実行すれば効果的なのか、実用的なガイドラインが求められている」と、バックリーは言う。
座って仕事をする習慣に「立ち向かう」ためには、企業文化を変える必要がありそうだ。立ち机を採用するだけでなく、経営者自ら重要会議で椅子を撤廃する覚悟が必要かもしれない。
既に立ち机を使っている場合でも、1日何時間立てばいいのか多くの人が分かっていないと、バックリーは指摘する。その上、同じ場所に長時間立ちっ放しでいるのは苦痛で疲れるし、生産性も低下する。究極的には、立つ時間と座る時間を半々にすることが指標になるという。
生産性の向上にも効果
立つことはビジネスパーソン本人の健康に影響するだけではない。従業員の医療費を削減し、企業の医療保険料負担を軽減することにもつながる。
米厚生省が職場での健康維持プログラムの影響を調査したところ、立ち机の使用や体を動かすなどの項目が含まれるプログラムを導入した場合、従業員の医療費を削減できたと60%の経営者が回答。約80%は従業員の欠勤が減ったり、生産性が向上したりするなどの成果が見られたという。
これまでに「立ち文化」を採用した米企業には、ジョンソン・エンド・ジョンソンやシェブロン、マイクロソフトなどがある。
仕事はじっと座って集中してこなすもの──そんな常識を打ち破るために、そろそろ立ち上がる時かもしれない。
[2015.6.30号掲載]
ジェシカ・ファージャー