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ハーバード入試でアジア系は本当に「差別」されているのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年7月9日 18時0分

 アジア系の約60の人権団体は、ハーバード大学の入学選考において「アジア系への差別」が見られるとして米国連邦教育省への提訴を行っていましたが、7月7日(火)に教育省は「類似の訴訟が連邦裁判所で進行中」であることを理由に提訴を却下(dismiss)する決定を下しました。

 この「連邦裁判所における類似の訴訟」の推移には注目しなくてはなりませんが、少なくとも今回「却下」という判断になった以上、ハーバードをはじめとするアメリカの名門大学の「選考方法」について、政府としては特に問題視はしていないという見方ができます。

 この問題ですが、「日系、中国系からインド系、パキスタン系」に至るアジア系アメリカ人が「団結」して権利主張を行ったということには意義があると思います。それぞれの出身国では、お互いにナショナリズムを求心力に利用して相互の世論を離反させることが横行していますが、アメリカのアジア系として「まとまり」を見せたことは評価できるからです。

 その一方で、拙著『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』で詳しく述べたように、アメリカの入試制度は「多角的な観点から全人格を評価する」という独特のカルチャー、緻密な評価システムによって成り立っており、それが守られたということは評価して良いと思います。

 では、今回の提訴の「根拠」となった "No Longer Separate, Not Yet Equal"(『人種隔離は終わったが、平等は達成されていない』)という本(Thomas J. Espenshade と Alexandria Walton Radford 両氏の共著)にもあったように、SAT(大学進学適性試験)で、「アジア系の合格者平均点は、白人より140点高く、ヒスパニックより270点、アフリカ系より450点高い」という現実はどう理解したら良いのでしょうか?

 まずアメリカの大学入試では、SATが全てではないということがあります。SAT以上に高校での内申点が重視されます。またスポーツ活動では、単に部活に参加しているというだけではなく、「高校の代表チームのレギュラーだったか?」とか「最高学年でも現役で、しかもリーダーシップの地位にあるか?」ということが問われます。またボランティア活動の履歴、音楽や美術などアート活動の履歴も重視されます。

 こうした点から見れば、「アジア系の合格者のSAT平均が他の人種よりも高得点」だというのは、「アジア系にマイナスのハンデが付けられている」というよりも、数多くある評価ポイントの中で「アジア系はSATの高得点という要素に頼った履歴書構成になりがち」という見方もできるわけです。

 もう一つは、70年代以降のアメリカ社会における「アファーマティブ・アクション」(少数者優遇措置)制度です。人種や性別などで、教育機関や職場の構成員に偏りがある場合は、少数者を優遇して、その偏りを是正しなくてはならないという制度です。

 この「アファーマティブ・アクション」の背景にあるのは「人口比」です。全国区の場合なら全国の人口比で、例えば地域密着の雇用主であれば、その地域の人口比に比例するレベルまでは、強制的に少数者を優遇して入れていかなくてはならないのです。

 ハーバードをはじめとするアメリカの名門大学では、アジア系は「全米の人口比を超える比率」になっている一方で、ヒスパニックと黒人はまだまだ「足りない」という傾向があり、優秀な学生は大学同士の争奪戦になっているぐらいです。この制度を前提とすると、アジア系が不利になるのは仕方がないということになります。

 ちなみに『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙などの一部メディアが、今回の「アジア系の集団提訴」を支持した背景には、民主党カルチャーの象徴である「アファーマティブ・アクション」への反発という、政治的な思惑が見え隠れするということは指摘できるでしょう。

 更に言えば、ハーバードをはじめとする名門校の場合は、卒業生や教職員の子供や孫を対象とした「レガシー枠」が全合格者の15%前後設定されています。差別といえばそれまでですが、大学の伝統維持を前提として、その継承者を意識的に入れていくというのは、キャンパスの活力維持には欠かせないとされています。このレガシー枠では、どうしても白人に比べてアジア系が不利になるという面はあると思います。

 ちなみに、同じ超名門校でも西海岸のカリフォルニア工科大学(カルテック)では、アジア系が40%を超えています。ですが、カルテックの場合は、1年生を全世界から240人前後しか取らない少数精鋭主義、数学は線形代数・多変数微積分の既習がほぼ前提、しかも「自身の研究テーマを既に決めている」学生を中心に合格させるという極めて特殊な学校です。

 このレベルになると、レガシーとか、アファーマティブ・アクションなどという「悠長なことは言っていられない」わけで、そこではアジア系の強みが発揮されているのだと思います。

 それはともかく、今回の「提訴却下」に関しては、各校の入学選抜を「SATの点数や数値化した指標によるメカニカルな選抜」などという「悪しき客観性」に押しやることは回避される結果になったわけで、それはそれで評価できると思われます。

 ちなみに、「アジア系アメリカ人」ではなく、「日本という外国からの留学生」に関しては、経済力や二国間関係に比べて「学部レベルの受験生」は「少なすぎる」という認識が現時点ではされているようですので「日本人もアジア系だから不利になるのでは?」という心配はしなくて良いと思います。


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