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「霞ヶ関文学」で書かれたSF小説「骨太の方針」 - 池田信夫 エコノMIX異論正論

ニューズウィーク日本版 2015年7月9日 19時53分

 国会が安保法案で過熱する中で、ほとんど注目されていないが、6月30日に「経済財政運営と改革の基本方針 2015」が閣議決定された。これは「骨太の方針」として来年度予算の骨格となるばかりでなく、2020年度までの中期財政健全化計画を見直すものだ。

以前のコラムでも書いたように、今年2月の内閣府のシミュレーションでは、名目成長率3%以上の「経済再生ケース」と1.5%程度の「ベースラインケース」が想定されていたが、前者でも2020年度にプライマリーバランス(PB)は黒字にならない。残る手段は歳出(特に社会保障)の削減しかないので、それを安倍政権がどう打ち出すかが注目されていた。

 ところが今度出た骨太方針では「中長期的に、実質GDP成長率2%程度、名目GDP成長率3%程度を上回る経済成長の実現を目指す」という経済再生ケースだけが想定され、現実に近いベースラインケースは消えてしまった。ここ10年平均の名目成長率は0.6%であり、最近の消費者物価上昇率はほぼゼロなのだから、名目3%成長というのは空想に近い。

 しかも骨太方針では「2020年度にPBを黒字化」するという目標を掲げ、2018年度ではPBの赤字をGDPの1%にするという目標を掲げた。「経済再生ケース」でも、2018年度では消費税を増税しても2%の赤字だから、これをさらに1%減らすには大幅な歳出削減、特に毎年1兆円以上増えている社会保障関係費の削減が必要だ。

 ところが骨太方針には、歳出削減についてほとんど具体的な数字がない。よく読むと25ページの脚注に「安倍内閣のこれまでの3年間の取組では一般歳出の総額の実質的な増加が 1.6兆円程度となっていること、経済・物価動向等を踏まえ、その基調を 2018年度まで継続させていく」と小さく書かれているが、これは「目安」で拘束力はないのだという。

 本文では「国の一般歳出については、安倍内閣のこれまでの取組を基調として、社会保障の高齢化による増加分を除き、人口減少や賃金・物価動向等を踏まえつつ、増加を前提とせず歳出改革に取り組む」となっており、「これまでの増加ペースを踏まえて」社会保障は増やしてゆく予定だ。

 それどころか「社会保障関係費の伸びを、高齢化による増加分と消費税率引上げとあわせ行う充実等に相当する水準におさめることを目指す」という表現があり、民主党政権時代に決まった消費税を財源とする社会保障の伸びを容認しているので、社会保障関係費はこれまで通り毎年1兆円以上増えるだろう。

 この文書はわかりにくい「霞ヶ関文学」で書かれているので、普通の人には解読できないが、要するに「成長戦略」で3%の高度成長を再現し、税収増で財政を再建しようというSF(空想科学)小説である。甘利経済再生担当相も記者会見で「成長によって税収を増やすのが本筋で、歳出を減らすと経済が萎縮する」と述べた。

 もちろん増税も歳出カットもなしで成長だけで財政が再建できれば結構なことだ。そういう幸運が小泉政権の時代にはあったので、「上げ潮派」といわれた人々(安倍首相もそれに近い)はそういう成功体験にこだわって財政再建を先送りしたが、財政赤字は増える一方だ。今は急速に超高齢化が始まっているので、早く手を打たないと財政が破綻し、金利が上昇する。

 ギリシャの債務不履行や中国株の暴落など不穏な動きが続く中で、日本のゼロ金利がいつまで続くかはわからない。すでに日銀では金利上昇のシミュレーションを行なっているが、その対応は政府との「総力戦」になる。黒田総裁はリスクを認識していると思われるが、安倍首相がどこまで認識しているのか、気になるところだ。

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