会社の経営者の評価は業績で決まります。特に利益を出さなくてはならない、そのプレッシャーの中で仕事をするのが、企業経営者の宿命だと言えるでしょう。
ですが、利益を最大化することが目標であれば、売れてもいないものを売れたことにして売り上げを水増ししたり、使ってしまった費用を別の名目にしたり、あるいは使わなかったことにしたり、要するに「利益を大きく見せる」という虚偽の経営数字を「作ろう」とする動機がそこにあるということです。
これに加えて企業の会計というのは、大変に複雑ですから、色々な間違いを犯すこともあります。こうした故意の間違い、あるいは過失の間違いを防止するために、上場企業の中にはコーポレートガバナンス(企業統治)という制度が存在しています。具体的には次の4つがあります。
1つ目は「株主総会」です。企業の役員の選任や、決算の承認、残った利益をどう分配するかといった「利益処分案」など毎年のことをはじめ、企業の買収や合併などの重要な案件は、株主全員の投票による株主総会で決定されます。
2つ目は、「社外取締役」という制度です。つまり、日々の経営より上位の「長期経営計画」や重要事項の決定などについては、より第三者的な社外取締役を交えた「取締役会」で決定することにして、企業のトップの専横を抑えるのです。
3つ目は、社内監査という制度です。会社の中というのは、悪く言えば上から下まで各組織が「目標利益を達成」するために動いているのですが、反対に、そのために数字を改ざんするという動機、あるいは公私混同をするなどの不正を行う温床はあるわけです。社内監査人というのは、他の組織からは独立して会社全体に対して目を光らせて「不正はないか?」をチェックする専門の組織です。
4つ目は、社外監査という制度です。社内に監査役や監査室が設置されていても、会社の中の人間が行う監査ではどうしても限界があります。そこで上場企業に関しては、社外の監査が義務付けられています。会計事務所が選任されて、選任された会計事務所が監査を行う中で、例えば決算の報告は監査法人が「無限定適正(すべての点で適正)」だというお墨付きを与えて初めて株主総会の決算報告ができることになっています。
今回の東芝の問題で疑問なのは、こうした4つの段階の「企業統治」のチェックが機能しなかったということです。とりわけ、4番目の社外監査を行った会計事務所、そして2番目の社外取締役の責任は重いと思います。
そもそもこの4段階の「企業統治」では何も分からずに問題がスルーしてしまい、事態が深刻化したのを受けて、元検事などの「第三者委員会」を作って調査をするというのが妙な話です。これでは、社外取締役も、社外監査も「第三者ではなかった」ということになるからです。
歴代の3人の社長の責任ばかりが取り沙汰されていますが、こんなことでは、日本経済全体の、少なくとも東京証券取引所の信用はガタ落ちです。また東芝はロンドンの証券取引所に上場していますが、悪質性が問題視された場合は、株主による巨額な賠償請求なども発生する可能性があると思います。
2009年に発覚したオリンパスの不正経理の場合は、高度な隠蔽工作がされていたわけで、毎年の決算にあたって、例えば外部監査でも不正が見抜けなかったというのは全くわからない話ではありません。ですが、今回の東芝の場合は、報道によれば現場も巻き込んで「広く薄く利益の水増し」が長期間にわたって行われ、その合計金額が500億円に達していたというのですから、腕利きの公認会計士であれば見抜けないはずはありません。
特に、工事の進捗具合などで「売り上げの一部を計上する」というような操作における売り上げの過大計上などは工事の進捗状況の写真や、過去の売上計上の基準との比較などを行えば、見抜けないはずはありません。内部監査にしても、外部監査にしても、そのレベルの帳簿や証拠書類の原票のチェックなどはルーチンに入っているはずです。
そのような中で、今回の問題は監査人の告発ではなく、内部告発によって初めて明るみに出たというのは、まさに日本の企業統治が機能不全に陥っていることを示していると思います。
現在、安倍政権は「成長戦略」の1つとして「コーポレートガバナンス改革」をスローガンに掲げています。その中で「社外取締役の選任」は重要な課題に位置づけられています。間違ってはいけませんが「より頑張って利益を最大にする」ためだとか、「立派な取締役会の構成名簿」を作るための社外取締役ではないということです。
この「コーポレートガバナンス改革」は、これによって国際金融システムの中の投資家から信任を受けて、投資資金を集め、その結果として産業を伸ばすためにやっているのです。そのためには、万が一経営陣が暴走した際には、それをチェックするだけの「第三者性」を確保しなければならない。社外取締役にしても、経営の外部監査人にしても、そこが求められるのです。
今回の東芝の問題を契機に、そこの本質的な改革を進めるべきと思います。そのためにも、「企業の全体の利益をエイヤッと水増し」したのではなく、「個々の件についての不正が積み上がっただけ」だから、これは「不適切会計」であって「粉飾決算ではない」といった「オトモダチ感覚の甘い対応」はスパッと止めるべきでしょう。
ですが、利益を最大化することが目標であれば、売れてもいないものを売れたことにして売り上げを水増ししたり、使ってしまった費用を別の名目にしたり、あるいは使わなかったことにしたり、要するに「利益を大きく見せる」という虚偽の経営数字を「作ろう」とする動機がそこにあるということです。
これに加えて企業の会計というのは、大変に複雑ですから、色々な間違いを犯すこともあります。こうした故意の間違い、あるいは過失の間違いを防止するために、上場企業の中にはコーポレートガバナンス(企業統治)という制度が存在しています。具体的には次の4つがあります。
1つ目は「株主総会」です。企業の役員の選任や、決算の承認、残った利益をどう分配するかといった「利益処分案」など毎年のことをはじめ、企業の買収や合併などの重要な案件は、株主全員の投票による株主総会で決定されます。
2つ目は、「社外取締役」という制度です。つまり、日々の経営より上位の「長期経営計画」や重要事項の決定などについては、より第三者的な社外取締役を交えた「取締役会」で決定することにして、企業のトップの専横を抑えるのです。
3つ目は、社内監査という制度です。会社の中というのは、悪く言えば上から下まで各組織が「目標利益を達成」するために動いているのですが、反対に、そのために数字を改ざんするという動機、あるいは公私混同をするなどの不正を行う温床はあるわけです。社内監査人というのは、他の組織からは独立して会社全体に対して目を光らせて「不正はないか?」をチェックする専門の組織です。
4つ目は、社外監査という制度です。社内に監査役や監査室が設置されていても、会社の中の人間が行う監査ではどうしても限界があります。そこで上場企業に関しては、社外の監査が義務付けられています。会計事務所が選任されて、選任された会計事務所が監査を行う中で、例えば決算の報告は監査法人が「無限定適正(すべての点で適正)」だというお墨付きを与えて初めて株主総会の決算報告ができることになっています。
今回の東芝の問題で疑問なのは、こうした4つの段階の「企業統治」のチェックが機能しなかったということです。とりわけ、4番目の社外監査を行った会計事務所、そして2番目の社外取締役の責任は重いと思います。
そもそもこの4段階の「企業統治」では何も分からずに問題がスルーしてしまい、事態が深刻化したのを受けて、元検事などの「第三者委員会」を作って調査をするというのが妙な話です。これでは、社外取締役も、社外監査も「第三者ではなかった」ということになるからです。
歴代の3人の社長の責任ばかりが取り沙汰されていますが、こんなことでは、日本経済全体の、少なくとも東京証券取引所の信用はガタ落ちです。また東芝はロンドンの証券取引所に上場していますが、悪質性が問題視された場合は、株主による巨額な賠償請求なども発生する可能性があると思います。
2009年に発覚したオリンパスの不正経理の場合は、高度な隠蔽工作がされていたわけで、毎年の決算にあたって、例えば外部監査でも不正が見抜けなかったというのは全くわからない話ではありません。ですが、今回の東芝の場合は、報道によれば現場も巻き込んで「広く薄く利益の水増し」が長期間にわたって行われ、その合計金額が500億円に達していたというのですから、腕利きの公認会計士であれば見抜けないはずはありません。
特に、工事の進捗具合などで「売り上げの一部を計上する」というような操作における売り上げの過大計上などは工事の進捗状況の写真や、過去の売上計上の基準との比較などを行えば、見抜けないはずはありません。内部監査にしても、外部監査にしても、そのレベルの帳簿や証拠書類の原票のチェックなどはルーチンに入っているはずです。
そのような中で、今回の問題は監査人の告発ではなく、内部告発によって初めて明るみに出たというのは、まさに日本の企業統治が機能不全に陥っていることを示していると思います。
現在、安倍政権は「成長戦略」の1つとして「コーポレートガバナンス改革」をスローガンに掲げています。その中で「社外取締役の選任」は重要な課題に位置づけられています。間違ってはいけませんが「より頑張って利益を最大にする」ためだとか、「立派な取締役会の構成名簿」を作るための社外取締役ではないということです。
この「コーポレートガバナンス改革」は、これによって国際金融システムの中の投資家から信任を受けて、投資資金を集め、その結果として産業を伸ばすためにやっているのです。そのためには、万が一経営陣が暴走した際には、それをチェックするだけの「第三者性」を確保しなければならない。社外取締役にしても、経営の外部監査人にしても、そこが求められるのです。
今回の東芝の問題を契機に、そこの本質的な改革を進めるべきと思います。そのためにも、「企業の全体の利益をエイヤッと水増し」したのではなく、「個々の件についての不正が積み上がっただけ」だから、これは「不適切会計」であって「粉飾決算ではない」といった「オトモダチ感覚の甘い対応」はスパッと止めるべきでしょう。