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戦勝国の座を争う2つの中国、娯楽化した抗日神話の幻

ニューズウィーク日本版 2015年7月17日 18時0分

 中華民国台湾は今月4日に北部・新竹の軍基地で抗日戦争勝利70年の軍事パレードを行った。「国民党は8年間の抗日戦争を主導した。侵略者の過ちは許すことができても、血と涙の歴史は忘れられない」と馬英九(マー・インチウ)総統は演説した。馬はその数日前にアメリカのテレビ局のインタビューに応じた際に「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」との表現を使った。日本に厳しい姿勢を見せるとともに、中国大陸を意識した行動でもあるのだろう。

 海峡を挟んで対峙する中華人民共和国も、9月3日に大規模な軍事パレードを北京で行う。「第二次大戦を共に戦った」ロシアやモンゴルなどを招き戦勝国として振る舞おうとしている。

 83年に中国の高校を卒業した私の手元に当時の歴史教科書が残っている。中国共産党の「偉業」について次のように書いてある。「全国人民をリードして抗日戦争を勝ち抜いたのは、偉大な中国共産党だ。共産党が戦っている間、国民党はまったく無能で四川省の奥地に潜んでいた。抗日戦争に勝利すると蒋介石は勝利の果実を横取りしようとしたが、毛沢東主席は彼らを台湾に追放した」。共産党の軍隊は「地雷戦」や「地下塹壕戦」で「世界最強の日本帝国主義の悪魔どもを粉砕した」と具体的な戦術にまで触れている。

 歴史を教える教師の語り口はぎこちなかった。実際は、アメリカが広島と長崎に原爆を投下するまで日本軍は中国各地で戦闘を続けていた。結局、ソ連・モンゴル人民共和国連合軍が満州や内モンゴルに侵攻するまで日本は降伏しなかった。こうした事実はどう考えても、「共産党のゲリラ戦による勝利」とは直接結び付かない。

 圧巻は授業の合間に「本当に抗日を行っていたのは、反革命にして反動的な国民党軍だ」という、ブラックユーモアのような教師の一言だった。「歴史研究の醍醐味は、政治による隠蔽に対するレジスタンスのような真相究明にあるのでは」と、少年ながらに思ったものだ。

荒唐無稽な抗日戦の歴史

「建国の父」毛沢東は「日本の侵略に感謝する」と何回も外交の場で述べていた。61年に黒田寿男、64年に佐々木更三をそれぞれ団長とする日本社会党の訪中団を迎えた毛は事実を素直に語った。「何も謝ることはない。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらしてくれた。日本の皇軍なしには、私たちが権力を奪取することは不可能だった」と言って、佐々木らを驚かせた。

 善良な社会党党員らがどう応じたか知らないが、毛の言葉を真摯に受け止めていたら、今日のように解党寸前にまで堕(だ)することもなかったかもしれない。

 それでも一度作られた神話は生き続ける。中国共産党の肝煎りで製作した『地雷戦』という抗日映画は今や古典中の古典となった。今年に入ると、女性の股間から手榴弾を取り出して日本兵をぶっ飛ばす荒唐無稽な作品(『一起打鬼子(一緒に日本の悪魔共をやっつけよう)』)まで登場。抗日の歴史も娯楽化してきた感じが否めない。

 すべては共産党自身が捏造した歴史の産物で、抗日戦を担わなかった歴史への皮肉でもある。「共産党も抗日を行った。ただし、娯楽映画の中で」と皮肉られるように、中国国民の多くも隠蔽された過去を知っている。

 習近平(シー・チンピン)政権は今、日中事変の舞台となった盧溝橋のほとりに立つ中国人民抗日戦争記念館に、国民党軍の抗日の実績を少し書き加えようとしている。馬総統のような「中国的心情」をまだ持っている人々への餌をまいて、台湾の分断を図るためだ。共産党は政権獲得後に無数の国民党軍兵士を「反革命分子」として処刑したり、長期間にわたる強制労働に駆り立てたりしてきた。そうやってさんざん虐待してきた「歴史の不都合な証人」に勲章を授けるという。

 ロシア軍とモンゴル軍は9月、満州やモンゴルでの勝利を胸に天安門広場を行進するだろう。では一体、中国人民解放軍は何を誇りに「戦勝」パレードを飾るのだろうか。

[2015.7.21号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)

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