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日本経済の真の課題 前半

ニューズウィーク日本版 2015年7月21日 19時0分

*連載第4回「財政再建はなぜ必要か──日本がギリシャにならないために」はこちら→

 日本経済の真の問題は、財政問題でもデフレでもない。

 この連載では、財政問題を何度も取り上げて来たが、それが問題でない、といまさら言うのも裏切り行為と思われるかもしれない。しかし、日本の真の問題は財政などという小さなところにはなく、もっと根本的な問題であるにも関わらず、核心の問題に取り組む前に、財政でゲームオーバーしてしまっては意味がない。そういう意味で、財政を解決できなければ、1次予選も突破できないようなもので、土俵にも上がれない。

 そして、その小さな財政問題をごまかして逃げ切るために、インフレにしたり、日銀に国債を買わせたりすることで、小さな問題は、日本の金融市場、経済全体を揺るがす問題となるリスクを増大させたのだ。したがって、このようなリスクを増大する量的緩和は止めるべきだ。ただ、止め方には慎重にも慎重を期す必要がある。そして、財政問題は小さな問題なのだから、淡々とまじめに少しずつ解決していくしかない。経済成長で一挙解決は、そもそも不可能だし、危険だ。そして、それでは結局解決できない。支出を切り詰めること、それを淡々とやるしかないのだ。そして、国債市場を徐々に正常に戻していく。量的緩和がなくなり、新規国債の発行額も減らしていけば、実は、これは、処理できるし、逆に言えば、これ以外に、小さな財政問題から生じている大きな罠から脱出する方法はない。

 同様にデフレも問題ではない。

 なぜなら、デフレとは物価の継続的な下落のことを本来は指すが、それが誤用されて、需要不足の状態のこと、あるいは単に景気が悪い、ということを示すことになってしまった。言葉は本来は厳密に使うべきだ。この話をすると、いまさら何を言うか、そんな言葉遊びをしても無駄だと言うが、言葉を曖昧にして、経済を気分でごまかそうとしても無駄なのだ。

 まず、物価の下落自体は問題でない。デフレを経済学的にきちんと問題視する人々は、物価の継続的な下落による、経済主体の悲観論の蔓延による、悪循環からの萎縮均衡を問題とする。いわゆるデフレスパイラルというのもこの一つの議論だが、デフレスパイラルというのは、日本の経済には当てはまらない。

インフレを起こしても消費は必ずしも増えない

 物価が下がる、企業の収益が減る、企業が投資を減らす、給料を下げる、消費が減る、企業は価格を下げる、さらに収益が減る、企業が投資を減らし......という循環をもっともらしく説明するが、こんなことは実際には起きない。要は、人々は、将来の見通しをこれまでの経験と現在の状況から判断するのであって、一旦悲観的になれば、それは経済にすぐに織り込まれて、停滞する。これが萎縮均衡であり、スパイラル的に無限に悪化することもなく、今すぐに止めなければ日本が崩壊してしまうような危機でもない。

 スパイラル的に経済が悪化するのは、1930年代の大恐慌のとき、あるいはせいぜい、リーマンショック後のことであり、現状では、日本経済はまったくそのような状況にない。

 むしろ問題なのは、将来の展望が開けないこと、今後、経済は停滞を続け、人口減少とともに右下がりである、という悲観的な見通しである。

 それがデフレマインドだ!というのは自由であるが、それならば、そのデフレマインドは物価とは無関係だ。物価が上がろうが下がろうが、インフレ率が2%になろうが、なるまいが関係ない。問題は、将来に希望がもてるか、将来が不安ではないか、ということだ。

 物価が上がれば将来の不安がなくなるなら、物価を上げれば良い。しかし、1970年代のオイルショックでも明らかなように、人々は異常なインフレに対して、節約で対応した。すべてモノにしておくのではなく、将来どうなるか分からないから、将来に備えて、消費を減らして、貯蓄を増やしたのである。現在も同じだ。誰も、インフレになったから喜んでモノを買うわけではない。一部の円安による輸入品の高騰に対して、富裕層が高額ブランド品を先に買っておいたり、投資として、不動産や株を買っておいたり、住宅ローンをめいっぱい組んでおいたり、するだけのことである。

 それはいいことなのではないか?という誤った議論が聞こえてきそうである。これが需要対策、景気対策になり、経済にとってはいいことではないか、と思う読者もいるだろう。それは、間違っているか、間違った経済学を学んだか、どちらかだ。

 彼らは、それらを購入した後どうするだろうか? 正確に言うと、彼らの消費総額、人生における消費総額は変わるだろうか。変わるはずがない。値上げ前に輸入車やブランドモノのバッグを買えば、値上げ後には買わない。消費税の駆け込み需要の反動減と同じだ。トータルでは変わらない、いやむしろ下がるのだ。下がるのは、値上げ後に、買いたくなったときに、値上がりしているのを知ったら、値上げ前に買わなかったことを後悔し、自分が愚かであるとは思いたくないので、消費の欲望の方を抑えてしまうから、トータルで消費は減る。住宅も同じで、いつか家を買おうと思っていたのが、踏ん切りがついただけだから、誰も将来は家を買わない。安いから、今のうちに家を二軒買っておこうという人はいない。

アベノミクスの最大の功績は資本市場を鬱から救ったこと

 しかし、実は、いる。そういう人はいるのだ。ただし、日本国内ではなく、海外にいる。投資家達だ。円安で40%引きとなった、日本の優良不動産を買い漁っている。2億、3億のマンションや、1億のマンションを5戸まとめてとか、投資目的で買っている。円安の今がチャンスだ、ということだ。

 投資については、先に買っておこう、ということがあり得る。だから、日本の株価は急騰したのだ。これまで、悲観論に基づいて安すぎた株価が修整された。これは、皆が買うなら上がる、上がるなら買っておこうと、皆が思って買ったために、実際にも上昇し、買ったことが事後的に正しくなり、つまり、期待が自己実現したのである。これが逆になれば、皆が売るだろう、だから下がる前に売っておこう、売るから下がる、やっぱり下がった、全部売らなければ、というスパイラル的な下落となる。これがバブルとその崩壊の過程であり、デフレスパイラルは存在しないが、資産の暴落スパイラルは存在するのである。

 したがって、いわゆるアベノミクスの最大の功績は、資産市場における過度の悲観論を払拭したことであり、安倍首相のデフレ脱却、というのを悲観脱却と、デフレマインド脱却を、デプレッション(鬱)マインド脱却と言い換えれば、現実に適合する。

 だから、デフレが日本の真の問題ではないのである。では、本当の問題は何か──最終回に続く(小幡績・慶應義塾大学ビジネススクール准教授)

*最終回は7月27日に掲載の予定です

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