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ドラッカーが遺した最も価値ある教え(前編)

ニューズウィーク日本版 2015年7月22日 19時20分

 経営学の父とされるピーター・ドラッカーは、実践志向が強く、アカデミズムの世界では異端扱いされていた。ドラッカーは、切実な問題に対する現実的な解決策を生み出せない理論には意味がないと考えていた。

 では、意味のある経営理論とはどんなものか。彼の最初の教え子であり、ドラッカー理論の伝承者ともいえるウィリアム・A・コーエンは、新刊『プラクティカル・ドラッカー 英知を行動にかえる40項』(池村千秋訳、CCCメディアハウス)でその答えを提示している。

 経営者が問題を解決したいときは、ドラッカーならどうするかを考え、それを行動に移せばいい。だがドラッカーは膨大な量の著作を遺したため、その考えを参照しようにも、どこから手をつければいいか迷ってしまうと、クレアモント大学院大学ドラッカー研究所所長のリック・ワルツマンは本書の序文に書いている。

 そこでコーエンは、遺された膨大な著作から、最も重要な40のテーマを抽出・整理し、ドラッカーの教えを現実のビジネスに適用するための具体的な方策を示した。それが本書だ。「コーエンは......『なにを』すべきかではなく『どのように』おこなうべきかに関する主張を巧みに整理して示してくれた。『プラクティカル・ドラッカー』は、屋上屋を重ねるような無意味なものではなく、読む人に新たな発見を与えてくれる著書に仕上がっている」と、ワルツマンは評している。

 ここでは、本書の「英知を行動にかえる40項」の中から「ドラッカーが遺した最も価値ある教え」を抜粋し、前後半に分けて掲載する。




『プラクティカル・ドラッカー
 ――英知を行動にかえる40項』
 ウィリアム・A・コーエン 著
 池村千秋 訳
 CCCメディアハウス

◇ ◇ ◇

 ドラッカーについてインタビューに来るジャーナリストたちがよく聞きたがる問いは、「ドラッカーの最も価値ある教えはなにか?」というものだ。しかし、ドラッカーは実に多くの洞察と素晴らしいアイデア、倫理的・道徳的な指針を示していた。それに従って行動していれば、組織や国が経済的な破綻を避けられただろうと思われる教えも少なくない。

 だから、そのような問いに答えるのはほぼ不可能だと、私は思っていた。そこで、こう答えていた――「状況によりますね」。どういう問題を解決したいかによるというわけだ。あらゆる状況で最高の教訓をひとつだけ紹介することは避けていた。ほかの数々の教えよりも圧倒的に優れた教訓をひとつに絞ることはできなかったのだ。

 しかし最近、もう少しマシな回答ができるのではないかと思うようになった。そこで、さまざまな問題に関するドラッカーの教えを再検討してみた。ドラッカーの予測に共通する要素はないか? いくつかの助言に一貫した教訓を見いだせないか? 本当に「最も価値ある教え」と呼ぶに値する原則はないか?

正しいことをせよ

 倫理上の問題に関するドラッカーの教えをまとめると、こうなるだろう――「正しいことをしなさい。なにが正しいかは状況や文化によって変わってくるので、とことん考え抜いて、なによりもまず、害を及ぼさないようにするべきです」

 二〇一〇年、ロサンゼルス近郊のベルという町が全米の注目を集めた。人口四万人ほどの小さな町だ。この町は、選挙で選ばれた市長ではなく、市議会が選任するシティ・マネジャー(市支配人)が市政の実務を取り仕切る制度を取っている。そのシティ・マネジャーが八〇万ドル近い巨額の年俸を受け取っていることが明らかになったのだ。ほかの市幹部たちも法外な高給を得ていて、市議会議員たちも、別に本業をもっており、議会の審議時間は数分程度にすぎないのに、年俸は一〇万ドルを超えていた。その一方で、市民生活に欠かせない業務に携わる末端の市職員たちは、時給換算で九ドルしか受け取っておらず、財政難と不景気を理由に人員整理までおこなわれていた。ベルは富裕層の町ではなく、労働者階級の町だ。この状況が正しくないことは、誰の目にも明らかだった。

 ドラッカーは二〇〇五年に世を去ったが、四〇年前にすでに、経営者が突出して高い報酬を受け取ることを倫理に反すると指摘していた。どうして、アメリカ企業のCEOは、末端の従業員の三〇〇倍もの報酬を得る必要があるのか?(ほかの国ではたいてい、その割合は二〇倍程度までにとどまっている)ドラッカーは、この不均衡が企業と産業界と社会に大きな害を及ぼしていると批判し、それを是正すべきだと主張していた。

 高額報酬を擁護する人たちに言わせれば、高給は優秀な人材を獲得するために欠かせないという。また、経営幹部たちは会社に莫大な利益をもたらしているので、それだけの報酬を手にする資格があると、擁護派は主張する。しかし実際には、会社の業績がよかろうと悪かろうと関係なく巨額の報酬を得ていると、ドラッカーは喝破した。みずからの報酬に枠をはめようとする経営者はほんの一握りにとどまる。大多数の人はそういうことをしない。アメリカ社会はいずれ、この途方もない不公平を放置したツケを払わされるだろうと、ドラッカーは言っていた。多くの企業幹部はこの指摘に激怒し、社会の多くの人たちもこの問題を深く考えようとしなかった。私たちがドラッカーの言葉の正しさを思い知らされたのは、二〇〇八年に大不況が始まったときだった。

顧客がなにを求めているかを知る

 マーケティング上の問題に関しては、顧客がなにに価値を見いだしているかを徹底的に考えよ、というのがドラッカーの教えだった。顧客や潜在的顧客の視点ではなく、みずからの視点に立って判断することは、とくに避けるべきだ。このことは、よく肝に銘じておいたほうがいい。過去に市場で失敗した商品を見ると、この点で過ちを犯していたケースが非常に多い。天才と呼ばれる人たちでさえ、この過ちから逃れられないようだ。

 若き日のスティーブ・ジョブズは、ほかのどの競合商品よりも技術的に優れているからという理由で、自社のパソコン「リサ」の成功を確信していた。リサは、メモリ保護機能、協調的マルチタスク機能、先進的なオペレーティングシステム、内蔵のスクリーンセーバー、高機能の電卓、最大二メガバイトのRAM、拡張スロット、テンキーパッド、データ破損保護の仕組み、大規模・高解像度のディスプレーなど、数々の画期的な機能を搭載していた。ほかのパソコンがこれらの機能を備えるのは、ずっと先のことだ。

 しかし、ジョブズの予測ははずれた。これらの機能を盛り込んだ結果、リサはきわめて高額な商品になってしまった(現在の貨幣価値で約二万二〇〇〇ドル)。多くの消費者は、技術的に劣っても、ずっと安いIBMのパソコンを購入した。IBMのマシンなら、リサの三分の一に満たない値段で買えたのだ。当時の消費者は、技術的な優越性よりも価格の安さに価値を見いだしていたのである。

※ドラッカーが遺した最も価値ある教え:後編はこちら


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