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安倍政権が「安保法制」成立を急ぐ理由 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年8月4日 19時0分

 先月末に地元の大分市で、礒崎陽輔首相補佐官(自民党参議)が語った講演内容が波紋を呼んでいます。何度も報道されている内容ですが、念のため該当部分を確認すると、

・「我が国の自衛権は必要最小限度でなければならない。その憲法解釈は変えていない」
・「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」

というものです。

 礒崎氏は、参議院に立候補する前は総務省の官僚、そして省庁統合の前は長いこと「自治官僚」をやっていた人です。「役人言葉」に関する著書もあることから「日本語の霞ヶ関方言」の「語り部」というか、一種の「呪術師」のような人です。ですから、印象論で対抗するのではなく、ちゃんと「分かりやすい現代日本語に翻訳」して批判することが必要です。

 そのプロセスを省略して攻めたのでは、問題の核心を突くことはできません。民主党の福山議員も、枝野議員も「怒りが上滑り」しているように見えるのはそのためです。

 この発言を、現代日本語に翻訳すると以下のようになります。

「現行の日本国憲法第9条によれば、自衛権、つまり自衛隊が殺傷行為を行った場合に、それが戦時国際法での自衛的な戦闘行為として認められるという権利の発動は最小限であるべきだということになる。現行の憲法を前提とすれば、そうなるという憲法解釈に関しては内閣としては変えるつもりはない。だからこそ9条の改訂が必要という立場だ」

「現行の日本国憲法第9条を前提とすれば、また今のような憲法解釈を前提とすれば、現在審議中の安保法制が仮に可決成立しても、最高裁の憲法判断に耐えて合憲性を安定的に確立するのは難しいかもしれない。だが、外敵から日本を防衛するためには、それでは困るので、合憲判断を安定的に獲得できなくても、現在提案中の安保法制を運用することを優先的に考えたい」

 要するに「比喩」や「言外のニュアンス」といった「暗号」を解読するとこのようなことになると思います。ですが、これでもちょっと分かりにくいですね。そこでもっと簡単に、この発言のエッセンスを抜き出すとこういうことです。

「現在審議中の安保法制は、現行憲法下の憲法判断には十分耐えられないことは承知しているが、必要なので強行したい。だから将来的には9条の改憲をして、その不安定性を解消したい」

 ということです。そうなると、安倍首相の言う「一連の安保法制は合憲」という見解とは「不一致」になるように見えますが、一方で「9条改正」は自民党結党時からの悲願ですから、「安保法制は合憲だからすぐ成立させる、9条の改正も悲願だからやる」という自民党の方針には、とりあえず一致しているわけです。

 ところが、今回の政争ドラマの結果、礒崎氏は謝罪して発言を撤回してしまいました。

「決して法的安定性全体を否定したわけではなく、最後の部分の当てはめの所で、あまりにも国際情勢の変化というところを強調したかったためにそのようなことになった」(8月3日、参議院の特別委員会証言)

 というのです。これと前後して安倍首相も、

「もとより法的安定性は重要な政府の考え方の柱だ。今後も注意深く行ってまいりたい」(8月3日、政府与党連絡会議)

 という発言をしています。つまり、「安保法制は法的に安定している」要するに「現行の憲法9条を改正することなく、解釈改憲で合憲性を確保することが可能」だということを、強調せざるを得なくなったわけです。

 つまり「安保法制が合憲なら、9条改正は不要」だという見解を強く確認した格好になっています。ここから一歩進めて「安倍政権として、この内閣では憲法改正はやらない」という「保証」を明らかにして、改めて世論との妥協を模索するというアイディア(本欄で提案したものです)を実現する流れに、これでまた一歩近づいたことになります。

 この「改憲を断念する代わりに、安保法制を通す」という妥協案に関しては、商社マンとして私よりもずっと「リアリズム」寄りの立ち位置で発言しておられる、吉崎達彦氏も『溜池通信』の中で言及されていますから、まったくのファンタジーでもないと思います。

 では、どうして安倍政権は、この時期に安保法制を急ぐのでしょうか? もちろん、アメリカ議会で「夏までに」と大見得を切った手前ということがあるわけですが、では、どうして「夏まで」なのかというと、理由は簡単です。9月に入ると、日本もアメリカも中国との関係改善に進む、そのような日程がセットされているからです。

 一方で習近平政権との関係改善を進めておいて、一方で安保法制の議論を進めるというのは、話の辻褄が合わなくなります。ですから、日米の「分担の組み直し」としての安保法制は、その前に実務的に通しておきたい、日程的にはそうした流れになっています。その際に、改憲を断念するということが明確になっていれば、それも中国との関係改善にはプラスに働くと思います。

 9月以降の流れの中で、日米が中国の習近平政権を「支える」、そして中国経済の「ハードランディング」を回避させるというシナリオがあるとすれば、それは「日米中の3カ国」のいずれにも「メリット」のある話です。その反対に、関係改善に失敗して、同時に中国株の暴落が世界経済の足を引っ張るようでは、大変なことになるわけです。

 その辺の日程の問題を考えれば、余計に「この内閣での改憲は行わない」という小泉内閣の前例にならった「保証」を見せて、安保法制を実務的に成立へ持っていく、そのような「世論と政権の妥協」を行う環境は整ってきたのではないでしょうか?

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