ゴールドマン・サックスに22年間勤務し、副会長まで務め上げた後、ハーバード・ビジネススクール(HBS)教授に。そんな輝かしいキャリアを持つロバート・スティーヴン・カプランによれば、「卓越したリーダーシップを発揮するのに、すべての問いの答えを知っている必要はない」。
うまくいくリーダーと、うまくいかないリーダーの違いは何か。どんなリーダーでも例外なく、自信とやる気をなくす時期を経験する。違いが表れるのは、そうしたときに"正しい疑問"を持てるか否かだと、カプランは言う。
カプランの新刊『ハーバードの"正しい疑問"を持つ技術 成果を上げるリーダーの習慣』(福井久美子訳、CCCメディアハウス)は、ビジョンの描き方から、フィードバックの活用法、迷走した組織の立て直し方まで、大小を問わず組織を率いる人に"正しい疑問"という武器を授けてくれる1冊。
ここでは、「第4章 部下を育てる技術――後継者を育成する」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。
『ハーバードの"正しい疑問"を持つ技術
――成果を上げるリーダーの習慣』
ロバート・スティーヴン・カプラン 著
福井久美子 訳
CCCメディアハウス
※HBS教授が教える、「使える部下」の育て方:前編はこちら
◇ ◇ ◇
優秀な人材の不足に悩んでいた、ある大手企業の部長の話を紹介しましょう。彼女は、直属の部下たちが能力不足で重要な仕事を任せられないために、時間を最大限に有効活用できずに悩んでいました。さらに彼女は、社内に優秀な人材がいないせいで、新商品の開発やマーケティング活動に支障が生じていると考えていました。彼女に「補欠リスト」を見せてもらったところ、自分の部下全員と、さらに彼らの部下の名前が、詳細な説明つきで列挙されていました。私はその名前を確認しながら「何人かの管理職にもっと多くの権限を与えられませんか?」と訊ねました。彼女は彼らをほめながらも、誰に対してもあいまいな態度を取りました。
こうしたやり取りをしていた三か月間で、候補に挙がっていた二人の部下が会社を辞めました。二人とも、ライバル企業からもっと責任の重いポストを提示されたのです。どちらの場合も、部長はCEOの助けを借りて彼らを引き止めようとしました。もっとリーダーシップを発揮できる仕事を任せるからと説得しようとしたのです。しかし、残念ながらどちらの部下も彼女を信じませんでした。彼らは入社以来一度も、重責を担うための教育もコーチングも受けたことがなく、一一時間かけて説得されても不信感をぬぐえずにいました。結局、二人とも会社を去っていきました。
二人が辞職した後、部長はうちひしがれ、CEOも「きみには、優秀な人材を採用する力量も、会社に定着させる力量も足りないのかもしれないね」と彼女を不安視する発言を口にしました。要するに、すでに難しかった状況がさらに難しくなったのです。そのショックから、この部長はアドバイスを求め、積極的に内省し分析しました。私たちがこの出来事について話し合っていると、彼女は、二人が辞める前から、彼らばかりではなく誰も有望なリーダーとして見ていなかったことに気づきました。その結果、彼らの権限を拡大することも、コーチングの時間を増やすこともしませんでした。毎日いろいろなことが起きますし、ビジネスの景況をチェックするのにも忙しくて、彼らをもっと良く知ろうとも、彼らの能力をきちんと評価しようともしませんでした。今や彼女は、この二人の能力を過小評価していたことに気づきました――さらには、部内の他の社員の能力も過小評価していたであろうことも。
私は彼女に、まずは落ち着いて、部内のスター候補をリストアップするよう勧めました。それから彼女は時間を作って彼らと個別に面談するようになりました。面談の前には、彼らの人事ファイルを出して、彼らのこれまでの査定結果、業務履歴、背景などに目を通しました。個別面談では、質問をして、彼らの今の状況を確認しつつ、どんな仕事をしたいか、目標は何かなどを訊ねました。
こうした努力の末、彼女は各社員のためにキャリアプランや業務プランを立てました。そしてこのプランを使って、部内の管理職の後継者育成計画の草案を練りました。このプロセスに熱心に取り組む一方で、もっと早くに計画を練らなかったことを後悔しました。しかし明るい話題もあります。後に、彼女が後継者育成計画をCEOに見せたところ、CEOは感銘を受けて、この方法を全社に導入しようと提案してくれたのです。
後継者育成計画を練る
大抵の場合、組織のなかには金の卵がいます。なかには、まだ能力が開花していない人もいるでしょう。金の卵を見つけ、能力を評価し、彼らの能力に合った仕事を見つけるには、緻密な後継者育成計画があると便利でしょう。まずは、たくさんの問いに答えて、解決策を絞り込みます。最初の質問です。「私の後を継げる社員はいるか?」答えがノーであれば、次はこの問いです。「将来私の後を継いでくれる優秀な人材を採用するには、ヘッドハンターに社外の人を紹介してもらうべきだろうか?」
一番目の質問の答えがイエスのとき、すなわち後継者候補がいるときは、この質問です。「彼らの夢や彼らの性格や特徴を理解していると言えるほど、彼らと話しているだろうか?」「能力のある社員になるべく権限を委譲するようにし、彼らにもっと期待をかけ、もっと厳しく指導するべきだろうか? そうすれば、彼らの成長を促しつつ、彼らの能力を試すことができるのではないか?」「候補者を主要な業務のうちの第一段階のポストに就かせて、彼らのスキルを伸ばすべきか?」
これを実践すれば、あなたの部下だけでなく、あなたの仕事も向上するでしょう。業務内容をはっきりとわかりやすく伝えれば、部下たちは最優先タスクを完璧にやってくれるでしょう。こうして部下のレベルを引き上げると、自然に自分のレベルも上がります。というのも、優秀な生徒からは多くのことを学べるからです。
社内にあなたの後継者になれそうな社員が二、三人見つかったとしましょう。その場合は、本人に後継者だと知らせる必要はありません。計画に従って、彼らに責任ある仕事を与え、コーチングを増やせば、有望な若手社員たちはますます会社に貢献するようになり、モチベーションも上がります。彼らが全力を尽くせば、あなたも格段に仕事がやりやすくなるでしょう。
本章の前半で、リーダーのなかには、有能な後継者を育てようものなら自分が追い出されてしまうと異常に心配する人がいる、という話をしました。その心配が、現実になることはめったにありません。リーダーがいい仕事をすれば、組織の業績も上がり、あなたの在任期間も延びる可能性が高いからです。
リーダーはむしろ、「後継者を育てなかったらどうなるか?」を心配すべきです。優れた企業は、有能な部下を後継者に育てることができるリーダーに報いてくれます。その反対に、十分に時間を与えたのに、有能な部下を後継者として育てられない部門長を昇進させようとはしないでしょう。
うまくいくリーダーと、うまくいかないリーダーの違いは何か。どんなリーダーでも例外なく、自信とやる気をなくす時期を経験する。違いが表れるのは、そうしたときに"正しい疑問"を持てるか否かだと、カプランは言う。
カプランの新刊『ハーバードの"正しい疑問"を持つ技術 成果を上げるリーダーの習慣』(福井久美子訳、CCCメディアハウス)は、ビジョンの描き方から、フィードバックの活用法、迷走した組織の立て直し方まで、大小を問わず組織を率いる人に"正しい疑問"という武器を授けてくれる1冊。
ここでは、「第4章 部下を育てる技術――後継者を育成する」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。
『ハーバードの"正しい疑問"を持つ技術
――成果を上げるリーダーの習慣』
ロバート・スティーヴン・カプラン 著
福井久美子 訳
CCCメディアハウス
※HBS教授が教える、「使える部下」の育て方:前編はこちら
◇ ◇ ◇
優秀な人材の不足に悩んでいた、ある大手企業の部長の話を紹介しましょう。彼女は、直属の部下たちが能力不足で重要な仕事を任せられないために、時間を最大限に有効活用できずに悩んでいました。さらに彼女は、社内に優秀な人材がいないせいで、新商品の開発やマーケティング活動に支障が生じていると考えていました。彼女に「補欠リスト」を見せてもらったところ、自分の部下全員と、さらに彼らの部下の名前が、詳細な説明つきで列挙されていました。私はその名前を確認しながら「何人かの管理職にもっと多くの権限を与えられませんか?」と訊ねました。彼女は彼らをほめながらも、誰に対してもあいまいな態度を取りました。
こうしたやり取りをしていた三か月間で、候補に挙がっていた二人の部下が会社を辞めました。二人とも、ライバル企業からもっと責任の重いポストを提示されたのです。どちらの場合も、部長はCEOの助けを借りて彼らを引き止めようとしました。もっとリーダーシップを発揮できる仕事を任せるからと説得しようとしたのです。しかし、残念ながらどちらの部下も彼女を信じませんでした。彼らは入社以来一度も、重責を担うための教育もコーチングも受けたことがなく、一一時間かけて説得されても不信感をぬぐえずにいました。結局、二人とも会社を去っていきました。
二人が辞職した後、部長はうちひしがれ、CEOも「きみには、優秀な人材を採用する力量も、会社に定着させる力量も足りないのかもしれないね」と彼女を不安視する発言を口にしました。要するに、すでに難しかった状況がさらに難しくなったのです。そのショックから、この部長はアドバイスを求め、積極的に内省し分析しました。私たちがこの出来事について話し合っていると、彼女は、二人が辞める前から、彼らばかりではなく誰も有望なリーダーとして見ていなかったことに気づきました。その結果、彼らの権限を拡大することも、コーチングの時間を増やすこともしませんでした。毎日いろいろなことが起きますし、ビジネスの景況をチェックするのにも忙しくて、彼らをもっと良く知ろうとも、彼らの能力をきちんと評価しようともしませんでした。今や彼女は、この二人の能力を過小評価していたことに気づきました――さらには、部内の他の社員の能力も過小評価していたであろうことも。
私は彼女に、まずは落ち着いて、部内のスター候補をリストアップするよう勧めました。それから彼女は時間を作って彼らと個別に面談するようになりました。面談の前には、彼らの人事ファイルを出して、彼らのこれまでの査定結果、業務履歴、背景などに目を通しました。個別面談では、質問をして、彼らの今の状況を確認しつつ、どんな仕事をしたいか、目標は何かなどを訊ねました。
こうした努力の末、彼女は各社員のためにキャリアプランや業務プランを立てました。そしてこのプランを使って、部内の管理職の後継者育成計画の草案を練りました。このプロセスに熱心に取り組む一方で、もっと早くに計画を練らなかったことを後悔しました。しかし明るい話題もあります。後に、彼女が後継者育成計画をCEOに見せたところ、CEOは感銘を受けて、この方法を全社に導入しようと提案してくれたのです。
後継者育成計画を練る
大抵の場合、組織のなかには金の卵がいます。なかには、まだ能力が開花していない人もいるでしょう。金の卵を見つけ、能力を評価し、彼らの能力に合った仕事を見つけるには、緻密な後継者育成計画があると便利でしょう。まずは、たくさんの問いに答えて、解決策を絞り込みます。最初の質問です。「私の後を継げる社員はいるか?」答えがノーであれば、次はこの問いです。「将来私の後を継いでくれる優秀な人材を採用するには、ヘッドハンターに社外の人を紹介してもらうべきだろうか?」
一番目の質問の答えがイエスのとき、すなわち後継者候補がいるときは、この質問です。「彼らの夢や彼らの性格や特徴を理解していると言えるほど、彼らと話しているだろうか?」「能力のある社員になるべく権限を委譲するようにし、彼らにもっと期待をかけ、もっと厳しく指導するべきだろうか? そうすれば、彼らの成長を促しつつ、彼らの能力を試すことができるのではないか?」「候補者を主要な業務のうちの第一段階のポストに就かせて、彼らのスキルを伸ばすべきか?」
これを実践すれば、あなたの部下だけでなく、あなたの仕事も向上するでしょう。業務内容をはっきりとわかりやすく伝えれば、部下たちは最優先タスクを完璧にやってくれるでしょう。こうして部下のレベルを引き上げると、自然に自分のレベルも上がります。というのも、優秀な生徒からは多くのことを学べるからです。
社内にあなたの後継者になれそうな社員が二、三人見つかったとしましょう。その場合は、本人に後継者だと知らせる必要はありません。計画に従って、彼らに責任ある仕事を与え、コーチングを増やせば、有望な若手社員たちはますます会社に貢献するようになり、モチベーションも上がります。彼らが全力を尽くせば、あなたも格段に仕事がやりやすくなるでしょう。
本章の前半で、リーダーのなかには、有能な後継者を育てようものなら自分が追い出されてしまうと異常に心配する人がいる、という話をしました。その心配が、現実になることはめったにありません。リーダーがいい仕事をすれば、組織の業績も上がり、あなたの在任期間も延びる可能性が高いからです。
リーダーはむしろ、「後継者を育てなかったらどうなるか?」を心配すべきです。優れた企業は、有能な部下を後継者に育てることができるリーダーに報いてくれます。その反対に、十分に時間を与えたのに、有能な部下を後継者として育てられない部門長を昇進させようとはしないでしょう。