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被爆70年の日米の核軍縮政策を考える - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年8月7日 18時0分

 8月6日朝の広島平和記念公園における式典は、アメリカ時間では5日の夕刻でしたが、一夜明けた東部時間6日朝のNBC「トゥデイ」で、キチンと取り上げられていました。今回は被爆70年であったことや、そしてキャロライン・ケネディ大使が厳粛な表情で参列している様子も紹介され、同時に「犠牲者は14万人にのぼる」という突っ込んだ表現もされていました。

 報道は短いものでしたが、アメリカの世論が「核攻撃を行った歴史」を直視できるよう変化してきていることの1つの現われである、そう評価できると思います。

 その背景には、90年代生まれが1年ごとに300万人以上いるアメリカの人口動態を反映して、世論がどんどん世代交代しているということがあり、その世代が「オバマ支持層」に重なってきているということがあります。

 オバマ大統領は、2009年に就任するとチェコのプラハで演説を行い「将来的な核廃絶」という方針を掲げて国際社会から評価を受けました。その結果として、同年のノーベル平和賞も受賞したのですが、その後のオバマは「景気と雇用の回復が遅い」ことから選挙のたびに野党・共和党に押され、「核軍縮」へ向けたメッセージ発信はなかなかできなかったのです。

 ですが、オバマはまったく何もやらなかったのではありません。核軍縮ということでは、大きな2つの政策に関与しています。1つは、2010年にロシアとの間で締結され2011年に批准・発効した「第4次戦略兵器削減条約(New START)」です。これにより、米ロの2カ国は保有する大型の戦略核弾頭を「各6000発」から「各1550発」に削減することで合意したのです。

 もちろん、この「New START」発効後(2018年時点)の「各1550発」というのは、依然として人類に対して壊滅的なダメージを与えるには十分な数ですし、そもそも締結した動機も、中長期的な核廃絶へのステップというよりは、目先のコスト削減という「不純」なものです。そうではあるのですが、弾頭数を4分の1に削減する合意というのは、とりあえず評価しておかねばなりません。

 もう1つは、今回2015年7月に実現したイランとの「核合意」です。非常に簡単にいえば、イランが今後15年間は核兵器の開発を棚上げする代わりに、国際社会はイランに対する経済制裁を解除するというものです。こちらは、アメリカの野党・共和党が激しく反発していましたが、ここへ来てアメリカの世論調査では、支持が不支持を上回るようになってきており、成立の可能性も出てきています。

 そして今年は実現しませんでしたが、「オバマ大統領の広島・長崎献花」についても、任期の最終年にあたる来年、2016年8月にはより実現に向けた環境が整うように思います。そのためにも、今年12月に、安倍首相による「真珠湾献花」を実現させたいところです。これはジャーナリストの松尾文夫氏が長年提唱し続けている「相互献花外交」に他なりません。

「プラハ演説」後のずいぶん長い間、遅々として進まないように見えた「オバマ大統領の核軍縮政策」ですが、仮にこのイランとの合意について、議会で批准されれば歴史に残る功績になると思います。

 さて、一方の日本政府の動きですが、安倍政権に関して言えば、例えば2013年の9月26日に、安倍首相が参加中であった第68回国連総会の「核軍縮に関するハイレベル会合」で行った演説が思い起こされます。

 まずなんと言っても、この演説では安倍首相は「非核三原則」の堅持を国際社会へ向けて強く宣言しています。また、2020年に東京でオリンピックの開催が決定したことに触れ、この東京五輪の期間中に広島・長崎の平和式典が行われることから「世界の皆さんと平和について考えるスポーツの祭典にしたい」とも述べています。

 さらに、被爆国の立場から核拡散防止条約(NPT)の第3回再検討会議への強い期待感や、米ロ間で進んでいる核弾頭削減交渉に関して、もっと踏み込むようにというメッセージまで加えていました。また、この時の「国連首脳外交」の一環として、安倍首相は選出されたばかりのイランのロウハニ大統領と会談して、直接本人に対して核兵器開発の中止を求めています。

 安倍政権の核軍縮政策に関しては、こうした姿勢が原点にあり、そこに「ブレ」はないと思います。確かに首相となる以前の安倍首相は故中川昭一氏などと共に「核武装論議を禁ずるべきではない」という立場からの発言もしていましたが、政権を担って以降は、現在の第二次政権に至るまで「核軍縮」の立場で一貫していると思います。

 日本の、あるいは安倍政権の核軍縮政策に関して、私は今でもまったく「ブレ」はないと思っていますが、ここ数カ月の動きを見ていますと、

1)米欧中ロの対イラン核交渉が合意に達した後も、安保法制の適用事例として(イランを仮想敵とした)「ホルムズ海峡での機雷掃海」の可能性について、首相以下が引き続いて言及しており、イランからの抗議を受けるに至った。

2)安倍首相が強く推進するとした「NPT検討会議」が最終的な合意形成に失敗した際に、最後まで残った対立点が「中東情勢という局所的な問題」に過ぎなかったことが正確に報じられず、世論の中にNPTへの不信が広がるのを放置した。

3)NPT検討会議の席上で、被爆都市への世界の首脳の訪問を促した際、中国が「枢軸国としての名誉回復行動だ」という誤解を拡散しようとしたことに対して、反論が徹底できなかった。

4)8月6日の広島における平和記念式典の首相スピーチで、非核三原則に言及されなかった。

5)同じく8月6日の国会質疑の中で、中谷防衛大臣が「安保法制により自衛隊の核兵器の輸送も法的には可能」という誤解を招く表現をしてしまった。

 といった、細かな「ブレ」が続いています。いずれも、基本的には深刻な意図はないものだと思いますし、2)に関しては政権当局だけでなく報道の側にも問題があると思いますが、核軍縮政策という非常に重要なテーマに関わる問題だけに、政権とその周辺、特に実務当局サイドには修正を求めたいと思います。

<文頭写真:今年の広島の平和記念式典にはキャロライン・ケネディ駐日米大使と並んで、米政府高官としては初めてガテマラー国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)も出席した Toru Hanai-REUTERS>

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