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「トランプ旋風」にダマされるな! - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年8月11日 11時40分

 大統領選本戦が来年11月ということを考えると、やや早過ぎるようにも思うのですが、先週、共和党の「第1回大統領候補者テレビ討論会」が行われました。

 FOXニュースで東部時間の夜9時に始まった討論は、視聴者数2400万人という、ケーブル・ニュース局としては史上空前の数字を記録しました。理由は簡単で、「不動産王ドナルド・トランプ」氏に注目が集まっていたからです。

 そのトランプ氏ですが、このテレビ討論へ向けて支持率が急上昇しており、政治サイト「RealClearPolitics」の集計では、7月末から8月上旬にかけて行われた一連の世論調査の平均で24.3%の支持を叩き出し、2位のジェブ・ブッシュ候補(12.5%)の2倍近いダントツの1位を獲得しています。

 では2017年には、この実業家でタレントのトランプ氏がホワイトハウスの主になっている可能性が高まっているのでしょうか?

 そんなことはありません。このドナルド・トランプ氏が大統領になる確率は、限りなくゼロに近いばかりか、選挙戦の主役である時期も短期に終わると考えるのが妥当です。

 理由は簡単です。とにかく、このドナルド・トランプ氏は「失言大魔王」であり、「炎上商法」を使って選挙戦を引っかき回しているだけだからです。要するに「真剣な」候補ではないのです。

 トランプ氏の失言に関しては数えきれないほどあるのですが、その中での「ベスト3」を挙げてみましょう。

 まず1つ目は、2008年にオバマとの選挙戦を戦った共和党のジョン・マケイン候補(現在も大物上院議員)への中傷です。マケイン氏は、ベトナム戦争に従軍中、捕虜となってハノイに監禁され拷問を受けたという経歴が有名です。これに対して、トランプ氏は「マケイン氏は英雄ではない」と言い放ったのです。

 理由は簡単で「どうして戦闘で捕まった人間が英雄になるのか?」というものでした。確かに捕虜になるというのは、戦闘で敗北したわけです。例えば旧日本軍の場合は戦陣訓の中に「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」という一節があり玉砕や自決などを強いる思想につながったのですが、トランプ氏の場合はもっと単純で、「負けた人間を英雄視するのはタテマエ主義で嫌いだ」というのが動機のようです。

 ですが、これはアメリカの軍の規律の背景にある「捕虜と不明米兵、傷病兵は戦争の英雄である」という思想に反するわけです。これは大変な反発を受けました。この一言だけでも、トランプ氏は「真剣な候補ではない」と見ていいと思います。

 2つ目は今回のテレビ討論の冒頭シーンです。開始早々に司会者が、「共和党の指名獲得から外れた場合に無所属出馬の可能性を排除しない人はいますか?」という質問を一斉に投げかけたのですが、これに対してトランプ氏は1人だけ挙手をしました。

 これは大変深刻な意味があります。というのは、仮に有力候補が指名争いに漏れた場合に無所属出馬をしてしまうと、分裂選挙になるからです。例えば、1992年のブッシュ(父)や、2000年のゴアといった候補たちは、ある種の分裂選挙の結果、無所属候補に票を食われて落選しています。この質問に対してイエスの挙手をするというのは、反党的な候補と言われても仕方がありません。

 3つ目は、テレビ討論の後で飛び出したものです。討論の司会は、FOXニュースの人気キャスターであるメジン・ケリーだったのですが、トランプ氏は彼女の司会ぶりが気に入らなかったようで、「目が血走っていて、それからどこかから血が出ている感じだった」という言い方で非難したのでした。

 この発言は各方面の怒りを買いました。というのは、発言を普通に聞くと「女性の生理に関して揶揄している」ように聞こえるからです。本人は「そんな意図はない」として否定していますが、同じ共和党の大統領候補であるカーリー・フィオリーナ氏は、「女性として許せない」と激怒していますし、「大統領候補としての品格に欠ける」という非難が殺到しています。

 では、そんなトランプ氏が世論調査でダントツの首位ということは、アメリカの民主主義は「劣化」しているのでしょうか?

 そうではないのです。この支持率24.3%とか、視聴数2400万というのは、「シリアスなものではない」のです。アメリカの有権者は、十分に健全であって、このドナルド・トランプという人を合衆国大統領にする気などまったくないと思います。

 では、この「現象」は何を意味するのでしょうか?

 簡単なことです。アメリカの有権者は、フロント・ランナーと言われるヒラリー・クリントンにも満足していないし、彼女に対抗している共和党の本命候補、例えばジェブ・ブッシュなどにも満足していないのです。彼らに奮起を促すために、またそのために予備選を盛り上げて行くために、まったく仮の動きとして「トランプ旋風」を煽って、楽しんでいるだけなのです。

 やがて、トランプ氏の勢いは止まるでしょう。その時には、ヒラリーとジェブという本命中の本命が一騎打ちを始めるでしょう。ただしトランプ旋風が長引く、つまりヒラリーやジェブへの不満感が深刻なものとなった場合には、例えばルビオとかクルーズといった共和党の若い世代の思いがけない躍進ということがあるかもしれません。いずれにしても、「トランプ旋風」にダマされてはいけません。

<文頭写真:テレビ討論会でも暴言を吐きまくったトランプ Brian Snyder-REUTERS>


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