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レノンとジョブズ、そしてiPodと吉原治良

ニューズウィーク日本版 2015年8月24日 17時30分

『レノンとジョブズ――変革を呼ぶフール』(井口尚樹著、彩流社)の主役は、タイトルのとおりジョン・レノンとスティーブ・ジョブズ。ふたりの天才をさまざまな角度から比較しつつ、宗教、人種、諍い、芸術、文学などさまざまな方向へと話題を広げ、深く考察している。なお「イントロ」には、こう書かれている。


 パソコンを自己拡張の道具、解放の器とみなすスティーブ・ジョブズは、アップル社のキャンペーン「シンクディファレント」で、偉大な変革者たちを取り上げた。(中略)キャンペーンには、アインシュタイン、ピカソ、チャップリン、ディランらとともに、ジョン・レノンの姿もあった。(7ページより)



 そして次に続く「彼らからジョブズは、多くを学んでいる」というフレーズも、充分に納得できるものだろう。が、「シンクディファレント」のキャンペーンが、ビートルズが彼らのアイドルを並べたアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』ジャケットの延長線上にあるという発想はなかった。なるほど。いわれてみれば、ありえないことではないだろう。

 ジョン・レノンは1940年10月9日英国リヴァプール生まれ。スティーブ・ジョブズは1955年2月24日米国カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。年齢はひとまわり以上違うし、生まれた場所もまったく別だ。それでも著者は、このふたりには共通点が多いと指摘する。実父母に放棄された子で、「直感と変貌の人」で、既成のスタイルを破るクリエイター。しかも完璧ではなく、滑稽な失敗をする点も似ている。

 そういえば、第4部第17章で紹介されている、レノンとジョブズのカリフォルニアについてのことばは印象的だ。まずはレノンが、リヴァプールとサンフランシスコの重なりについて語っている。


「ニューヨークの人たちは、ウェスト・コーストは田舎だと考えているのです。とにかく、私たちは、田舎者でした。北部の私たちはアイルランドの血を引いているものがとても多く、ブラックとかチャイナとか、いろいろあるのです。サンフランシスコみたいですね。(中略)人がみんな向かうところ、それが、サンフランシスコです。LA(ロサンゼルス)は、とおりがかりにハンバーグをたべるところです」(135~136ページより)



 かたや、ジョブズはどうか。


「ここは特別な場所だったんだ。グレイトフル・デッドにジェファーソン・エアプレイン、ジョーン・バエズ、ジャニス・ジョプリンなど、すばらしい音楽が生まれ、集積回路が生まれ、『ホールアースカタログ』のようなものも生まれた」(136ページより)



 もしかしたらふたりは当時、お互いの存在に気づかないまま、至近距離まで近づいていたのかもしれない。両者のことばが並んだこのページは、そんなことさえ連想させる。だが、それは他の箇所についても同じだ。特に第1部では両者の共通点が精密に指摘されており、読んでいると軽い興奮状態に陥りもする。

 個人的に特に興味を引かれたのは、「円」についての考え方だ。たとえばジョブズがシンプルかつ手軽であることに執着したことはよく知られているが、ここではわかりやすく、そして深い解明がなされている。


 iPodの、話題をよんだあの形、白い長四角にリングのある形。これは円相だ。禅僧が白い紙の上に筆で書く(描く)、丸い形。
 円相は禅の境地である。宇宙でもあり、空(くう)でもある。水に映る月かもしれない。(41ページより)



 一方で著者は、1950年代から60年代に活性化した日本の前衛美術運動にも言及しており、キャンバスにリングを太く大きく描いた吉原治良の作品をも話題にしている。これは文学、演劇、映画、音楽などの各分野で「前衛」がもてはやされた時代のことで、その推進者のひとりがオノ・ヨーコである。つまり、ここでまたレノンとジョブズは「つかず離れず」の接点を見せる。

 もちろん、それはこじつけだと終わらせることもできるかもしれない。けれどもあながち的外れではない気がして、これらの推測はなかなか楽しい。


 レノンの丸メガネは、円相と関連するのではないか。そしてジョブズもまた、晩年は丸メガネ姿だった。ここでも符牒があったわけだ(45ページより)



 さて、この記述をどう受け止めるか。

 なおレノンとジョブズのみならず、本書ではビートルズについてかなりのページ数が割かれており、そこにはビートルズ世代である著者の熱い思いが反映されている。その考察の深さは、ビートルマニアをも納得させることだろう。

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『レノンとジョブズ――変革を呼ぶフール』
 井口尚樹 著
 彩流社

印南敦史(書評家、ライター)

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