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米大統領選、本命ヒラリーを悩ます「メール」スキャンダル - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年8月25日 11時25分

 2016年の大統領選挙へ向けて、本命中の本命と目されるヒラリー・クリントン前国務長官は、現在深刻なスキャンダルの渦中にあります。いわゆる「Eメール疑惑」です。要するに、オバマ政権の国務長官だった4年間に、法律に違反して、「自宅に設置した個人のメールサーバ」を使って仕事のメールの交信をしていたことが暴露され、問題視されているのです。

 ヒラリーは「法律には違反していない」とか「国家機密に触れる内容は自宅サーバでは扱っていない」と強弁していたのですが、ここへ来て「2件のメール(11件という報道もあり)」について、明らかに国家機密(classified)に属する内容のものがあったという疑惑が持ち上がっています。

 現在世論調査1位のドナルド・トランプをはじめ共和党の候補者たちは、こうした国家機密情報を自宅サーバで送受信していたというのは、国務省の規律違反だけでなく、深刻な犯罪行為として「起訴すべきだ」と躍起になっています。中には「軍やCIAの行動計画が敵に漏れたら味方の命に関わる」として、ヒラリーの行為を激しく糾弾している候補もいます。

 ヒラリーの側は、過去25年にわたって夫のビル・クリントンとともに様々なスキャンダルを「乗り切ってきた」経験に基づいて、今回もダメージコントロールは可能だと踏んでいるようです。ヒラリー陣営からは、「これは保守派の陰謀」だという「懐かしい」セリフも飛び出しているぐらいです。

 このスキャンダルそのものの法律違反が確定する危険がある一方、共和党サイドが狙っているのは「ベンガジ事件」に関する「新しい証拠」です。2012年9月にリビアの米大使館が武装勢力に襲撃されて大使以下が死亡した事件に関して、共和党は執拗にヒラリーの責任追及をしているのですが、メールの中で、明らかに新しいネタが飛び出すようですと、ヒラリーはたちどころに窮地に陥る危険があるわけです。

 ですが、仮に「逃げ切れる」としても、3月に発覚して以来もう5カ月もこの問題はTVニュースに話題を提供し続けており、この間にヒラリーの支持率はジワジワと下がり続けています。この状況が今後も続くと、政治家としての信頼ということでは、相当に「危険水域」に入ってしまうことも考えられます。

 では、政治家として百戦錬磨のヒラリーが、なぜこんな「ミス」をしたのでしょうか? なぜ国家機密を扱う外交の最高責任者として、国務省のサーバの代わりに、自宅に設置したメールサーバを使用するという判断をしたのでしょう?

 まず本人の弁明は、「単に利便性のため」であり「端末を何台も持つのは不便だったから」というのです。しかし、同じように国家機密に類する情報を扱う下級官吏や、軍人などが法律を守っているのですから、ヒラリーだけが「2台持ち」を嫌がったというのは奇妙です。

 この点について、90年代にクリントン夫妻の選挙参謀であったジェームズ・カーヴィルという「政界の裏表に精通した」人物が面白い指摘をしています。それは、国務長官としての仕事について正規の国務省のサーバを通じて交信をしていると、議会の国政調査権が発動された場合に交信内容が議会に見られてしまうので、それを嫌ったのではないかというものです。

 ベンガジ事件だけでなく、「実力国務長官」として、例えばオバマ大統領との見解の不一致もあったでしょうし、政敵の共和党筋には知られてはならないような激しい言葉での交信もあったかもしれません。長年の政界におけるサバイバルを経て、ヒラリーはそのような判断をしたということは、確かに考えられると思います。

 カーヴィルの言う「議会の調査を嫌った」という動機の他にも、「国務省のサーバ」の方が、ハッキングの危険があると判断していた、そんな可能性もあります。外国勢力の絡んだサイバー戦争のターゲットになる可能性、あるいは「ウィキリークス」などの暴露サイトへの情報流出の可能性などを考えた時に、国務省のサーバよりも、自宅に設置した個人のメールサーバの方が安全、もしかしたらそう考えたのかもしれません。

 いずれにしても、ヒラリーは真相を語ることはなさそうです。「自分の判断は全て合法」、「法律の求めるところに従って証拠は全部提出した」と主張して、必要なことはすべてやっている姿勢を見せているということは、これ以上自分から語ることはしないという意思表示です。

 しかしヒラリー・クリントンほどの人物が、「この程度のスキャンダル」で政治生命が怪しくなるというのは、どこか不自然なものを感じざるを得ません。実はこのスキャンダルが、国務長官時代の「4年間のアメリカ外交」についての情報戦の一環であり、重要な意味を持っているのかもしれません。

 不透明感の強まる中で時間が経過していくのはヒラリー本人としても、不本意なはずです。にもかかわらず、真相を語ることができないのは、やはりこの事件の奥には何か重大な秘密があるのかもしれない......少なくとも、アメリカの世論はそう思い始めています。

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