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トランプの「アジア外交」絡みの暴言は無視できない - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年8月27日 11時30分

 一連の女性蔑視発言に加えて「不法移民は全員強制退去」、「イラクへ派兵して油田を占領」、「地上軍派遣でISIS殲滅」、「借金大国アメリカには借金王の俺が必要」......とにかく共和党の大統領候補に名乗りを上げているドナルド・トランプの暴言は止まるところを知りません。

 その「主張」というのは全く実現不可能なものですが、アメリカの保守派が漠然と感じている「願望」とか「ホンネ」を言葉にしているという点では見事です。

 というのは、ライバルの候補たちにしてみれば、トランプの「暴言」を「不可能だ」とか「非現実的だ」と批判すれば、「自分はそんなことはできない」という一種の「無能」を訴えることになるからです。見事というのは、いくら内容が「空っぽ」でも、そのような「政治的なワナ」としての「仕掛け」にはなっているということです。

 その「トランプ暴言」ですが、ここへ来てアジア外交まで「ネタ」にするようになってきました。

 まず8月11日のミシガン州での演説では「日本にキャロライン・ケネディ大使を送ったのは、カネとオバマ大統領のコネがあるだけという理由のバカげた人事だ」とケネディ大使を「こき下ろし」ています。ちなみに、この日は中国に関しても「為替操作を行ってアメリカの雇用を奪っている」と批判していました。

 その後の8月19日に放映されたCNNのニュースキャスター、クリス・クオモによる単独インタビューでは、あらためて日本と中国に対して通商政策で強硬に行くべきだとして、「キャサリン・ケネディじゃダメ。(モノ言う投資家として有名な)カール・アイカーンを駐日大使に送り込む」という発言をしています。

 アイカーン氏は確かにトランプを支持しているようですが、本人としては「トランプが政権を取ったら財務長官をやりたい」と言っていましたから、話が噛み合わない感じもあります。しかし、とにかく日本と中国には通商問題でもっと強硬に臨むべきだと言うのです。

 これとは前後しますが、7月22日にサウスカロライナ州で行われた演説では、まずサウジアラビアに対して「アメリカがタダで守ってやっているのに、毎日ビリオン(何千億円)も儲けている」と批判したついでに、韓国も「タダで守る必要はない」として韓国との関係は「クレイジーだ」と絶叫しています。

 日本に関しても同様で、8月21日にアラバマ州で行った長時間のスピーチでは「我々の日本とのアグリーメント(安保条約のこと)」では、アメリカが日本を守ることになっているが、日本はアメリカを守る事にはなっていないとして、これは「公平なディールじゃない」としています。

 さらに8月25日には「習近平主席が来るようだが、国賓待遇の晩餐会なんか必要ない。マクドナルドのバーガーでも食べてもらえばいい」。翌日26日には、中国と日本に対してもっと強硬になるべきだという文脈で「連中は交渉の席で、いい天気だとか、ヤンキースの調子はどうですかなどとは(そんな「のんき」な雑談は)言わない。すぐに俺達は契約が欲しいんだと迫ってくる」とわざとアジア人風のアクセントを使って挑発していました。

 一連の発言について、例えば79歳のアイカーン氏(仮に政権が発足するとしたら、その際には81歳)が大使の任務に耐えられるのかとか、日本も韓国も巨額な防衛負担金を払っているではないかなど、個別には「突っ込みどころ」は沢山あるわけです。

 そもそも日本のビジネスマンが「すぐに契約を寄こせ」といった積極性を持っていれば、経済がこんな状況にはなっていなかったということも指摘できるかもしれません。いずれにしても、この人の「暴言シリーズ」というのは「実現の可能性」は関係ないので、個々の事実関係を批判することには余り意味はありません。

 では、保守派の「ホンネ」や「深層心理」の反映ということではどうでしょうか?

 一つには、「アジア各国が米国の雇用を奪っている」という心情があります。確かに、トランプは共和党の保守系でありながら保護貿易を主張しているので、国内雇用を守れと言っているのは新鮮と言えば新鮮です。しかし、そもそもアメリカの多国籍企業は、GE、アップル、ボーイングなど「国際分業と自由貿易」によって利益を極大化しているのであって、トランプの主張は時代遅れとしか言いようがありません。

 特に日本の場合は悲しいぐらいに「現地生産」を進めているわけで、こんな風に批判されるのは80年代にタイムスリップしたようで、あきれて腹も立たないという感じではないでしょうか。中国に関しては、現在進行形という面もありますが、他でもないアメリカ企業が生産拠点として中国へ進出して行った経緯を考えると、政策論としては「今更」という印象です。

 確かにホワイトカラーの雇用不安を票にするためのマジックとして、心理的に「琴線に触れる」部分はあるものの、発言の危険性ということでは深刻に考える必要はないと思います。

 もう一つは、アジアの安全保障に関するコスト負担の問題です。こちらは民主党のオバマ大統領が「アジア重視」という外交を宣言してきたことへの反動と考えると、そう簡単には見過ごせません。

 日中関係の改善に時間がかかっている問題にしても、以前のように「民主主義と自由経済」を守るための冷戦の大義があった時代はともかく、「アジア諸国がアジア諸国のカルチャーに従って勝手にナショナリズムの確執」を強めているのに、その安全保障にアメリカのカネが使われているのは「許せない」とかムダだという論理は、一定の説得力があるわけです。

 韓国に対する「クレイジーだ」という絶叫は、例えば「同じ民族の北朝鮮と和解できない」ことと「同じ自由陣営の日本との関係を悪化させて中国に接近している」という中で、アメリカとして「リスクと費用を分担することへの苛立ち」という理解と考えれば合理性はあります。日米安保への「苛立ち」も似ています。

 もちろん、トランプ自身はそこまで深く考えているとも思えませんし、そもそも大統領戦に勝つ可能性も少ないと思います。ですが、こうした「苛立ち」にまったく根拠がないわけではない、つまりアメリカの「保守」の深層心理の中に、アジアの問題には距離を置きたいという孤立主義が出てきた兆候だと考えると、これは無視できないと思います。

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