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経営コンサルタントはすぐに解雇しなさい

ニューズウィーク日本版 2015年8月27日 19時0分

 自分を売り込み、相手をその気にさせるテクニックである「ピッチ(pitch)」。人生のさまざまな場面でその重要性はますます高まっている。

 英国デザイン界の第一人者スティーブン・ベイリーと、作家でありビジネスエキスパートでもあるロジャー・マビティの著した『たった2%の"ピッチ"が人生の98%を変える』(黒澤修司訳、CCCメディアハウス)は、プレゼンから面接、果てはプロポーズ、人との出会いに至るまで、人生の決定的瞬間に必要な「ピッチ」についてまとめた1冊。

 ここでは、多くのエピソードが盛り込まれた本書から、「27 他者と違う自分になる勇気」と「28 ビジネス人生では感情が大事」を抜粋し、前後半に分けて掲載する。

 前編では、チェ・ゲバラなどカリスマに関する考察から「ピッチ」に不可欠な特質を探ったが、それは非凡な人物に限らない。成功を収めた人に共通するのは、論理や理性よりも、情熱や感情に突き動かされていることだと、本書では述べられている。

 数字の量ではなく、アイデアの質を。経営コンサルタントではなく、自分の頭脳と気持ちを。この後編では「感情的であること」の大切さについて見ていく。

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『たった2%の"ピッチ"が人生の98%を変える』
 スティーブン・ベイリー、ロジャー・マビティ 共著
 黒澤修司 訳
 CCCメディアハウス


※抜粋前編「チェ・ゲバラから『ピッチ』の秘訣を学ぶ」はこちら

◇ ◇ ◇

28 ビジネス人生では感情が大事

「理性的」という言葉は相手に対する賛辞か、それとも批判か。そう尋ねると、多くの人は賛辞と受け取るだろう。たぶん、あなたもそうだろう。

 事実、現在のビジネス慣行のほぼすべては論理に基づいており、それは理性が科学へと発展したようなものだ。経営コンサルタントはいわば陸で泳ぎを覚えた人であり、ビジネス上の問題を論理的に分析し、論理的なソリューションを提示して繁盛している。したがって、理性と論理、そして妥当な材料があれば完璧だ。

 だが、本当にそうだろうか?

 前項でふれたような非凡なカリスマたちを思い返すと、彼らは理性と論理に対する愛好を共通の特徴としているだろうか。

 ゲバラとカストロがわずかな仲間と組んでアメリカと戦う決意を固めたことは、理性的とはとても言いがたい。ダリとウォーホルの作品を見れば、怒りから歓喜までさまざまな感情を吹き込まれるが、ダリの『大自慰者』やウォーホルの『電気椅子』を見て理性的、論理的だなどと思う人はいないだろう。

 なにも偉大なカリスマ性を持った人物に限る必要はない。何らかの成功を収めた人の仕事や性格を調べてみれば、彼らが論理に任せて動いてはいないことがわかるはずだ。それどころか、もっと横溢した感情をみるだろう。ギュスターヴ・エッフェルが何らの論理的な意味もない塔を建てたとき、彼が理性的に考えていたとは思われない。彼を突き動かしていたのは、何か人をびっくりさせるもの、何か並外れていてユニークなものをつくりたいという情熱だったのだ。ビル・ゲイツは、改善された電子技術を多くの人に提供したいという理性的な欲求に動かされているのだろうか。それとも、人々の生活を変えて巨大な商業帝国を築くという強烈な競争心の情熱に駆り立てられているのだろうか。

 自分自身にも問いかけてみたらいい。もし簡単な仕事を頼むとしたら、論理的な人と情熱にあふれた人の、どちらにするだろうか? 私ならば前者を選ぶが、あなたもきっとそうだろう。

 だが、もしそれがほとんど不可能に近い難題だったらどうだろうか。私だったら、激しい情熱を持った人を選ぶだろう。彼らは不可能なことを可能なものに変えてしまう生々しい感情のパワーを持っているからだ。論理的な人間に頼んでも、彼は不可能な理由を説明するだけだろう。

 それが問題なのだ。論理的・理性的な人は先を見通せる普通の業務には長けており、ゆっくりと着実に進めて現状維持していく類の仕事には向いている。だが、並外れたことを要求される仕事や、物事の変革を求められる仕事、また大きな挑戦を必要とされる仕事は、論理的なタイプには手に負えない。そこでは情熱がものを言うのだ。

 納税申告書に記入したり食洗機を修理したりするには頭が必要だが、暴君を倒したり、ソネットを書いたり、大問題を解決したり、まったく新しいやり方で考えようとするときには情熱が欠かせない。

 ビジネスの世界では、このことが驚くほど理解されていない。大企業はきわめて安定感が高いので、リスクを強く恐れる従業員たちが吸い寄せられてくる。ビジネスの本質的な役割は、昨日よりも明日、より多く稼ぐことにあるため、売上、コスト、利益などの数字を重視する企業文化が強調される。そして、数字ばかりにとらわれた文化では、やがてアイデアという重要なものが見失われていく。

 それゆえ、大企業にはどうしてもリスクを恐れる人々が供給されることになる。数字という見かけの力を重視してアイデアの真の力をないがしろにする文化では、彼らが情熱よりも論理を重んじるようになるのも無理はない。この世界でただ生き延びたいだけなら、彼らを見習うといい。

 だが、生き延びることではなく成功を願うのなら、考え方を変えなくてはいけない。

 情熱がもたらすエネルギーを大事にしなくてはいけない。たいていの偉業は貪欲と野心と、勝利へのひたむきな意欲に駆り立てられたものなのだ。

 自分の仕事場で、それをどう実践したらいいのだろうか? もちろん、論理と理性的な評価を無視してはいけない。きわめて情熱的な人でも、仕事の土台となる理解というプラットフォームが必要だ。だがいったん理解したら、事を起こして以前にはなかった答えを見つけ出さなくてはいけない。

 そうなったら、自らの生々しい情熱にびくついている場合ではない。人を見るときは相手の資質や能力ではなく、相手についての自分の直感や本能を信じることだ。取締役会ではなく、自分の判断を信じることだ。間違いを失敗ではなく、学習の一環と受け止めることだ。飛ぶ前に見ても、飛ぶのを忘れるほど長く見すぎてはいけない。人を傷つけずに物事を成し遂げようなどと考えてもいけない。両立はしない。ぐずぐずせずに、やるべきことをやるのみだ。批判を予想し、批判されたら無視することだ。数字の量ではなく、アイデアの質を信頼するのだ。

 そして、もし経営コンサルタントを雇っているなら、解雇しなくてはいけない。

 要するに、自分の生の感情をビジネス人生にぶつけることだ。自分の頭脳と自分の気持ちを信じて、もっと勇敢にならなくてはいけない。

 ビジネス人生でより多く必要なこの情熱は、私生活ではいろいろな面で見られる。だが悲しいことに、私たちの日常生活は単調平凡で、詩的感情を欠いている。

 とはいえ、ビジネス人生と私生活は同格ではない。ビジネスの世界は組織化されたものだが、私生活は根本的には家族の愛情と欲求によって形成されているからだ。人々の欲求がカップルを結びつけ、子どもへの欲求につながる。それが満たされると、欲求は愛情へ変わる。親が子に注ぐ愛情はもっとも強い感情だと言っていい。だから、社会生活の中心にある家族は生々しい感情に満ちているはずだ。

 だが、家庭は企業がもつ組織性を欠いている。家庭生活は根っから感情的なもので成り立っているため、物事に冷静に対処できない。

 ここで、よいピッチの基本原則に立ち返って、それが家庭生活に役立つか見てみよう。

●熟慮できる静かな場所を見つけておくこと。
●感情は論理よりも大事であることを覚えておくこと。
●自らの提案は、熟考してから口に出すこと。
●話はもっとも簡潔に述べること。
●達成不可能な完璧なソリューションではなく、実践可能なソリューションを求めること。
●自分にとって意味あることではなく、相手にとって意味あることに集中すること。

 職場を離れた私生活で、何よりも重要な根本的な力は感情である。だが、何らかのビジネス上の常識を取り入れて感情をコントロールすれば、自分の個人生活をコントロールするのに役立つだろう。

 成功への道ははっきりしている。私生活ではより理性的になり、ビジネス人生ではより感情的になることだ。

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