Infoseek 楽天

なぜ政権寄りのネットユーザーが増えているのか

ニューズウィーク日本版 2015年9月17日 16時14分

 2015年9月11日、中国共産党中央政治局常務委員会で「社会主義文芸の繁栄・発展に関する意見」が可決された。プロパガンダの担い手となる作家の育成、支援を指示する通達だが、その中に「大々的にネット文芸を発展させよ」という文言がある。ネット作家、ネット漫画家、ネット評論家はすでに、中国共産党のプロパガンダを担う重要な一角を占めているわけだ。

 筆者はこの9月に、習近平政権のネット世論対策と中国社会の変化を描いた著書『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)を出版した。同書にも詳述したが、ここでは「ネット文芸プロパガンダの今」と「中国ネットのムードの変化」を紹介したい。

ノリと勢いの御用ブロガー

 政権によるネット文芸取り込みが満天下に示されたのは、2014年10月に開催された、著名な文学者や劇作家、音楽家、舞踏家、書家など72人を集めた文芸工作座談会でのことだった。ずらりそろった大物文化人の中に、ブロガーの周小平、ネット作家の花千芳という場違いな名前があったことが話題となった。ネットではある程度の知名度はあったものの、一般にはまったく知られていない2人がなぜ招待されたのだろうか。異例の厚遇の裏には、いかにして若者に言葉を届けるかに苦慮する中国政府の姿が透けて見える。

 新聞、映画、ニュース、ドラマ、革命歌、演劇、小説......プロパガンダのツールは無数にあるとはいえ、従来使われていたツールでは若者に届かない。テレビも見ず新聞も読まない上に、映画もほとんどハリウッド大作しか見ないとなればお手上げだ。

 そこで登場したのが新世代の御用ブロガー、ネット作家というわけだ。その代表格、周小平について紹介しよう。1981年生まれの34歳。もともとはネット掲示板の有名コテハン(コテハン=固定ハンドルネームの有名ユーザー)だったが、「五毛党」(金で雇われて、政府寄りの書き込みをするサクラ)やネット宣伝企業で働くようになり、2009年には有名経済学者の名前を騙った釣り記事で大炎上したほか、ポルノ・コンテンツ掲載サイトの経営陣として摘発されている。

 ここからわずか5年ほどで、習近平と直接対面を許された御用ブロガーへと華麗な転身を果たしたわけだ。周がどんなキャラクターなのかは、彼の微博(ウェイボー、中国独自のSNS)を見るとよくわかる。彼の微博アカウントのページの背景には次のような文字が大書されている。

  中華帝国主義成立。
  党・国は萌え萌え。
  強盛文化DNAを植え付けよう。
  小平は元気です。

「中華帝国主義」というぎょっとするような言葉の後に「萌え萌え」という脱力する言葉が続く。言葉や論の中身よりも、ともかく目を引く言葉、若いネットユーザーになじみのある言葉を多用することで勢いのある文章を作り、人気を得ているわけだ。

 日本でも「バズる」(ネットで爆発的に注目されること)のは論理や事実に基づく文章ではなく、勢いやノリが生み出す面白さだ。「ステマ」(ステルスマーケティング)の世界に中国共産党は手を突っ込んだと考えるとわかりやすい。

政府批判こそが権力である

 周のような新世代の御用ブロガーだけではない。アニメ、アイドル、"踊ってみた動画"などなど若者に届くツールが動員されている。この変化は習近平講話によって指示されたものだ。2013年8月19日の全国宣伝思想工作会議で、習近平は次のような言葉を発している。

「彼ら(ネット世論:筆者註)が運動戦・遊撃戦を展開するならば、我々も正規戦・陣地戦でのみ戦うことはできない。臨機応変に対処し、彼らの手段を我々も活用し、敵の奇を付いて勝利しなければならない。」

 厳しい言論弾圧、思想統制に加えて、若者に届く新たなプロパガンダ・ツールという両輪で社会秩序の維持を目指す習近平体制。彼らの取り組みは成功しているのだろうか。

 一つ注目すべき状況がある。インターネットの普及後、大学生を中心として若者が"政治に目覚める"場合、これまでは基本的に反政府、反体制、反共産党というベクトルに向かっていた。

 ところが最近では逆に、「ひたすら政府を叩くやつらはおかしい」という反・反体制に"目覚める"ケースも少なくない。金をもらって書き込みをしていた「五毛党」ではない。自らの意志で政府を擁護する「自干五」(自分の意志で書き込みをする五毛党)の誕生である。

 今年7月には、共産主義青年団(14~28歳の若者で構成される共産党の下部組織で、「共青団」と略される)のネットボランティアとして活動していた大学生が、呼び出しを受けて殴打される事件が起きた。警察はけんかとして処理し双方を処罰したが、周小平や各地の共青団関係者が「献身しているネットボランティアを守れ」と猛反発して話題となった。その後、ネットユーザーの調査でその大学生の日常の活動が明らかになったが、政府批判的なネットユーザーを見つけてはひたすら罵倒するという「愛国活動」を行っていたことが判明している。

 共青団のネットボランティアとは、今年2月に動員令が通達されたもの。全団員の20%との目安で大学や企業の支部に割り当てが決められたため、合計で1000万人以上のネットボランティアが不適切な書き込みがないかに目を光らせていることになる。もっとも、共青団団員のほとんどは「みんなが入っているから」「就職に有利になるかも」程度の軽い気持ちで入団しているので、どれほど真剣に活動しているかには疑問符がつくが、中には前述の大学生のように、愛国心からキーボード戦士となっている若者もいるわけだ。

 さて、こうした反・反体制への"目覚め"は中国共産党の世論コントロールの成果なのだろうか。一概にそうとは言い切れないというのが私の見立てだ。反・反体制に"目覚めた"青年たちと話していて感じるのは、反体制のネット世論がきわめて強大で、デマや誹謗中傷を使ってまで国をおとしめていることに反発しているということである。

 現実として実際に権力を掌握しているのは政府だが、ネット世論や言論界では政府批判が主流となっているため、若い世代から見ると反体制こそが主流派であり、権力を掌握しているかのように見えてしまう。中国のみならず他の国でも見られる状況だ。「自干五」の誕生も、中国政府のネット世論対策の成果というよりも、反体制的なネット世論が拡大した末の反発なのかもしれない。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

この記事の関連ニュース