Infoseek 楽天

共和党予備選はトランプ「失速」で振り出しに戻る大混戦 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年9月18日 16時40分

 今週開かれた「第2回共和党テレビ討論」では、事前の下馬評としては現在支持率1位を突っ走るドナルド・トランプ候補と、2位につけているベン・カーソン候補という「政界のアウトサイダー」2人が「中心になる」と言われていました。

 ちなみに、ベン・カーソン候補というのは、名門ジョンズ・ホプキンス大学の附属病院で執刀医をしながら同大学の教授も務めた小児神経外科医です。黒人男性であり、知的で物静かなキャラクターである一方、主張は保守的という人物です。特に敬虔な福音派で、「妊娠中絶に反対、進化論にも反対」という主張を、淡々と述べるスタイルが受けていると言えます。

 何しろ、統合双生児の困難な分離手術を成功させて、大統領から勲章をもらっているぐらいの「子どもの命を救うプロ」ですから、そのカーソン医師が「妊娠中絶には反対」と静かに語ると強い説得力があるのです。さらに、イラク戦争には反対とか、税制の簡素化というような「新鮮な政策」が若年層や中道層に支持されているのです。

 この「第2回討論」ですが、丸々3時間の長丁場となりました。まるで日本のテレビ朝日の『朝まで生テレビ』並の長さで、進め方もよく似ていました。司会はCNNの大物政治キャスター、ジェイク・タッパーだったのですが、タッパーはメリハリの効いた進行をしているように見えながらも、各候補による「発言への割り込み」や「時間オーバー」をかなり認めていたのです。

 3時間のマラソン討論であったこと、割り込みや時間オーバーが横行したことは、意外な効果をもたらしました。

 一つは、各候補に「まとまった発言時間が行き渡った」ことで、それぞれのキャラクターや能力が相当程度、比較できたということです。

 もう一つは、その中でドナルド・トランプ候補の「失速」が始まる気配が出てきたということです。

 なぜかというと、今回の討論では、トランプ候補は前回の討論、あるいは一連の演説で見せた「お騒がせ」キャラを引っ込めざるを得なかったからです。もちろん、今回も「更なる新ネタ」を投入して「暴言パフォーマンス」を続けることは可能だったでしょう。ですが、それには大きな副作用を伴います。それは「トランプ大統領だけはお断り」という声、そして「本選では絶対に勝てない」という声に囲まれるという危険です。

 そこで、今回のトランプ候補は「暴言」を抑える作戦で来ました。例えば容姿を悪く言うことで「女性をバカにしている」と大批判を浴びた経緯があるカーリー・フィオリーナ候補に対しては「あなたは美人だ」と言ってみたり、散々「大統領になるにはエネルギー不足」だと「こき下ろして」いたジェブ・ブッシュ候補が、「じゃあ、自分のコードネームはハイ・エネルギーで行こう」とネタを「逆手に取る」と、お人好しにも「バカ受け」してみたりという感じで「ナイスガイ」を演出したのです。これに加えて、彼は慣れないせいもあって「割り込み」はしませんでした。

 それでは、完全にナイスガイの方向に振って、政策も過激路線を引っ込めるのかというと、それでは「一貫性がなさすぎる」と言われるのでできません。反対に、各候補から「そんなことは不可能だ」と突っ込まれると、そのたびに「釈明」を強いられるという構図になっていました。

 では、大破綻や失言をしたのかというとそうではなく、これで一気に支持が下がるということはないと思います。ですが、カーソン候補もそうですが、「門外漢」としての「勢い」で「プロ政治家を圧倒する」展開にはなりませんでした。

 終了後の一般的な評価としては、ヒューレット・パッカードの元CEOで、女性として初めて巨大IT企業を率いた、カーリー・フィオリーナ候補が得点を稼いだとされています。フィオリーナ候補は、とにかく割り込み、飛び込み、さらには時間オーバーも何度もやって、猛烈に存在感を売り込みました。

 ただ、内容は「オバマ&ヒラリー批判」や「イラン核合意批判」、あるいは麻薬や妊娠中絶への批判など「保守の定番メニュー」を「コワモテ」で訴えるだけ。しかも緊張していたのか、視線は落ち着かないし表情は固いままで、これでは百戦錬磨のヒラリーには勝てそうもないという印象です。

 そんな中、ジェブ・ブッシュ候補は無難に発言をまとめて、おそらく支持率の低落傾向には歯止めをかけることが出来たようです。また、今回の討論で得点を稼いだのは、フロリダ州選出の上院議員でヒスパニック系のマルコ・ルビオ候補と、オハイオ州知事のジョン・ケイシック候補だと思われます。

 ルビオ候補は、硬軟取り混ぜた対中戦略を説くなど政策論でポイントを稼いでいましたし、ケイシック候補は「居酒屋政談」風のザックバランな語り口の中に、中道右派の知恵のようなものを繰り出していて場内の支持を得ていました。

 要するに、共和党は7月以来の「トランプ&カーソン旋風」が一段落して、もう一度「候補乱立の大混戦」に逆戻りしつつあると言えます。それはそれで、党勢の拡大にはつながるわけで、大いに選挙を盛り上げていこうということなのでしょう。ちなみに、今回の討論の視聴者数も前回同様に2000万世帯を超え、CNNの歴史上最高の視聴数だったそうです。

 一方の民主党は、ヒラリー・クリントン候補の電子メールスキャンダルの「沈静化」を待って(という計算だと思われますが)、10月13日に「ようやく」第1回のテレビ討論を開きます。共和党としては「敵がモタモタしている」分だけ、「大混戦」をやる余裕があるというわけです。

この記事の関連ニュース