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新安保法成立で中国の対日政策はどう変わるのか

ニューズウィーク日本版 2015年9月24日 16時16分

 2015年9月19日未明に成立した日本の新しい安全保障法制は、海外からも注目されているようだ。日本の安全保障に関する行動の変化は、国際社会にも影響を及ぼす。各国にはそれぞれの思惑があり、日本の新しい安全保障法制が自国にとってどのように作用するのかを注意深く見ているのだ。

 米国は、日本が米国の同盟国として、また国際社会の一員として、より多くの役割を担う意思を見せたことに、歓迎の意を表している。一方で、中国は、日本の新しい安全保障法案が成立したことを、危険視している。日本が、米国とともに、中国の活動を妨害するための軍事活動を展開できるようになると考えるからだ。

 まずは、中国外交部が、「戦後日本の軍事安全領域でこれまでになかった挙動だ。日本は近年、軍事力を強化し、軍事安全政策を大幅に調整し、平和、発展、協力の時代の潮流に相いれず、すでに国際社会には日本が専守防衛政策と戦後歩んできた平和的発展を放棄するのではないかとの疑念が巻き起こっている」と、懸念を示した。

 しかし、続けて、「われわれは改めて日本に歴史の教訓をくみ取り、日本国内と国際社会の正義の声に耳を傾け、アジアの隣国の安全を重視し、平和的発展の道を歩むことを堅持し、軍事安全領域で慎重になり、地域の平和と安定に貢献するよう促す」と、日本に対する要望という形で締めくくり、過度に非難することは避けた。

 そして、続いて、中国国防部が、「日本の国会は、国際社会及び日本国民の強烈な反対を顧みず、頑として安保法案を通過させ、日本の軍事安全保障政策にこれまでにない変化をもたらし、日本の平和憲法の制限を打ち破った」と非難した後、外交部と同様の論調を展開した。

 中国におけるテレビ報道でも、新しい安全保障法案は、日本を中国やロシアとの戦争に巻き込むものだとし、日本政府が自由に「海外派兵」することを許すものだといった批判的論調が目立った。

 また、テレビ報道では、満州事変の始まりとされる柳条湖事件が生起し、中国では「国恥記念日」とされる9月18日に、安倍政権が、新しい安全保障法案を「強行に」採決しようとしたとして、中国に対する戦争の挑発ではないのか、との疑問も投げかけられた。

習近平は軍事衝突に備えると決めた?

 それでも、番組のコメンテーターは、過度に日本を非難するのを避けていたように見える。例えば、社会科学院日本研究所の楊伯江・副所長は、番組の中で、「安倍内閣が9月18日に法案を通そうとしたのは、中国の「国恥記念日」を意識したというよりも、参議院で採決できなかった場合、60日ルールによって衆議院で再度採決することになり、強行採決のイメージがより強くなることを避けたかったからだ」と説明した。

 しかし、日本は、中国のこれら抑制的な姿勢を、喜んでいて良い訳でもなさそうだ。中国の対日政策に変化が生じるかも知れないからだ。2015年9月21日、中国外交部は、アジア司(日本の省庁の局に相当)の日本処(日本の省庁の課に相当)を、北東アジア処として再編すると発表した。

 北東アジア処の処長は、これまで日本処処長を務めてい杨宇氏が務めることになるため、日本との調整に大きな支障は出ないと予想されている。しかし、40年余り存在した日本処の名前が消されることは象徴的だ。

 中国には、安倍首相が9月3日の訪中を取り止めたことと相まって、習近平主席が、日本との対話に見切りをつけ、軍事衝突に備えることにしたのではないかと心配している、という声もある。少なくとも、こうしたニュースは、中国国民に同様の印象を与える可能性が高い。

 ただでさえ、中国国内には、中国指導部の、日本の安全保障法案成立に対する対応が弱すぎるとの批判がある。米国に気を使っているというのだ。ある中国の研究者は、習近平主席訪米の際に、日中関係は一つのトピックになる、と考えている。

指導部は「日本に対して弱腰」批判も

 米中首脳会談では、サイバー空間、宇宙や南シナ海における中国の挑戦的な活動に関し、オバマ大統領は中国を非難し、習近平主席を責めることになる。習近平主席が、これら非難を跳ね返すためには、中国が平和と安定の支持者である具体的な行動を示す必要があるのだ。

 一方で、中国指導部は、中国国内の「日本に対して弱腰だ」という批判を無視することはできない。中国が、米国との決定的対立を避けるために、日本に対する配慮を見せているとは言え、必ずしも日本との関係改善を追及していないのだとしたら、日中関係は決して安全だとは言えない。

 安全保障政策を変更することは、ただでさえ、周辺諸国に緊張を与える。さらに、中国は、日本は特別だという。歴史問題だ。2015年9月16日、中国外交部の華春瑩報道官は、日本の安全保障法案の問題に触れて、「歴史が原因で、日本の軍事安全保障の動向は、アジア隣国及び国際社会の高い関心を集める」と述べている。

 日本の安全保障政策と、歴史問題は、本来、全く別の問題である。しかし、中国は、これを結び付けて、日本の意図を説明しようとする。こうした隣国との厳しい関係の中、日本の新しい安全保障法制を「平和安全法案」であると、国際社会に認めさせる努力が続くことになる。

[執筆者]
小原凡司
1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。東京財団研究員

小原凡司(東京財団研究員)

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