かつての陸と海のシルクロード沿いに「一帯一路」という名の巨大な経済圏を構築し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の主導権を掌握することで、自国中心の国際秩序を新たにつくろうとする中国。世界はその戦略にどう対処すべきか。現代史を振り返ることで、中国の本質を分析してみよう。
事あるごとに他国への干渉を図ってきた前科があるので、中国は警戒すべき相手とみられている。国力がまだ弱く、内部で激しい政治闘争、文化大革命が繰り広げられていた66年秋から翌年の夏にかけて、中国は『毛沢東語録』をソフトパワーとして世界を席巻しようとたくらんだ。毛の著作を抜粋した語録は当時24カ国語に翻訳され117カ国に配布。総発行部数は50億に達した。
当時の世界人口は30億余りだったので、平均して1人1.5冊を所持したことになる。聖書にも迫るほど毛語録を印刷した中国政府は「中国は世界革命のセンター」「世界の3分の2の人々はまだ解放されておらず、赤い太陽である毛主席の降臨を待ち望んでいる」と宣伝し輸出した。毛語録を配り歩く中国の外交官を追放する国も出るなど、外交的衝突が絶えなかった。
毛語録はネパール共産党や東南アジアの左翼系ゲリラの聖典となり、「農村から都市を包囲して革命を成功させる」指南書の役割を果たした。コンゴ(旧ザイール)や南米コロンビアのゲリラも北京に詣でて直接、政権転覆の指導を受けた。
世界を中国の天下につくり直すために当局は華僑の動員に全力投球する。66年9月、中国共産党中央華僑事務委員会を主管していた廖承志(リャオ・チョンチー)は次のように演説して各国メディアを驚愕させた。「世界にはわが国の同胞たち、すなわち華僑は2000万人いる。ものすごい力だ。彼らを動員し、そのうちの100分の1がゲリラになってくれれば、われわれは20万人の兵力を擁することになる」
グローバリズムと衝突も
廖は日本に生まれ育ち、早稲田大学で学んだ秀才。「現在、日本の山口県の人民たちも立ち上がって造反している。日本が動乱に陥れば、われわれにとってはチャンスだ」と、廖は扇動した。「山口県の人民」とは毛沢東主義を掲げた日本共産党山口県委員会(左派)を指す。当時、文革に批判的な日本共産党から除名される対立が起きた。
「千葉県三里塚の農民と佐世保の人民、山口県岩国の人民の反帝国主義闘争を支援しよう」と、69年に中国共産党は何回も声明を出し、空港・基地問題で揺れる日本の分断を図った。「華僑は日本人民を支援する最前線に立っている」とも持ち上げた。
今日も、中国の外交官は何より駐在国に住む華僑の経済力と政治力を利用しようと謀略活動を続ける。実際、華僑の存在が大きい東南アジア各国は常に華僑と北京との間で張り巡らされた糸に踊らされている。
古くから各国に定着した華僑の中には地元と関係が深くなるにつれ、中国政府に熱心に呼応しない人も出てきた。中国政府は現在、改革開放で80年代以降に世界に進出した「新華僑」をこよなく愛している。中国共産党系の新聞は「われわれの手で育て上げた者は、その心も北京に向いて拍動している」と、彼らに最大の賛辞を贈ってきた。
08年の北京オリンピック開催に当たって、聖火リレーが世界を回った。中国に抑圧されたチベット人やモンゴル人が沿道で抗議活動を行おうとした際に、中国大使館が動員した華僑や留学生がむやみに独裁政権の中国を擁護し、その異質ぶりが目立った。日本でも東京・麻布の大使館が動員した無数の中国人の掲げる五星紅旗が長野県善光寺周辺を埋め尽くした。
今日、中国政府の政治的スローガンはかつての毛語録ほど影響を持たない。ただ、華人ネットワークとそのマネーを世界規模で動かそうとする野望は衰えていない。中国の世界戦略とグローバル資本主義の調整と共生が喫緊の課題となるだろう。
[2015.9.29号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)
事あるごとに他国への干渉を図ってきた前科があるので、中国は警戒すべき相手とみられている。国力がまだ弱く、内部で激しい政治闘争、文化大革命が繰り広げられていた66年秋から翌年の夏にかけて、中国は『毛沢東語録』をソフトパワーとして世界を席巻しようとたくらんだ。毛の著作を抜粋した語録は当時24カ国語に翻訳され117カ国に配布。総発行部数は50億に達した。
当時の世界人口は30億余りだったので、平均して1人1.5冊を所持したことになる。聖書にも迫るほど毛語録を印刷した中国政府は「中国は世界革命のセンター」「世界の3分の2の人々はまだ解放されておらず、赤い太陽である毛主席の降臨を待ち望んでいる」と宣伝し輸出した。毛語録を配り歩く中国の外交官を追放する国も出るなど、外交的衝突が絶えなかった。
毛語録はネパール共産党や東南アジアの左翼系ゲリラの聖典となり、「農村から都市を包囲して革命を成功させる」指南書の役割を果たした。コンゴ(旧ザイール)や南米コロンビアのゲリラも北京に詣でて直接、政権転覆の指導を受けた。
世界を中国の天下につくり直すために当局は華僑の動員に全力投球する。66年9月、中国共産党中央華僑事務委員会を主管していた廖承志(リャオ・チョンチー)は次のように演説して各国メディアを驚愕させた。「世界にはわが国の同胞たち、すなわち華僑は2000万人いる。ものすごい力だ。彼らを動員し、そのうちの100分の1がゲリラになってくれれば、われわれは20万人の兵力を擁することになる」
グローバリズムと衝突も
廖は日本に生まれ育ち、早稲田大学で学んだ秀才。「現在、日本の山口県の人民たちも立ち上がって造反している。日本が動乱に陥れば、われわれにとってはチャンスだ」と、廖は扇動した。「山口県の人民」とは毛沢東主義を掲げた日本共産党山口県委員会(左派)を指す。当時、文革に批判的な日本共産党から除名される対立が起きた。
「千葉県三里塚の農民と佐世保の人民、山口県岩国の人民の反帝国主義闘争を支援しよう」と、69年に中国共産党は何回も声明を出し、空港・基地問題で揺れる日本の分断を図った。「華僑は日本人民を支援する最前線に立っている」とも持ち上げた。
今日も、中国の外交官は何より駐在国に住む華僑の経済力と政治力を利用しようと謀略活動を続ける。実際、華僑の存在が大きい東南アジア各国は常に華僑と北京との間で張り巡らされた糸に踊らされている。
古くから各国に定着した華僑の中には地元と関係が深くなるにつれ、中国政府に熱心に呼応しない人も出てきた。中国政府は現在、改革開放で80年代以降に世界に進出した「新華僑」をこよなく愛している。中国共産党系の新聞は「われわれの手で育て上げた者は、その心も北京に向いて拍動している」と、彼らに最大の賛辞を贈ってきた。
08年の北京オリンピック開催に当たって、聖火リレーが世界を回った。中国に抑圧されたチベット人やモンゴル人が沿道で抗議活動を行おうとした際に、中国大使館が動員した華僑や留学生がむやみに独裁政権の中国を擁護し、その異質ぶりが目立った。日本でも東京・麻布の大使館が動員した無数の中国人の掲げる五星紅旗が長野県善光寺周辺を埋め尽くした。
今日、中国政府の政治的スローガンはかつての毛語録ほど影響を持たない。ただ、華人ネットワークとそのマネーを世界規模で動かそうとする野望は衰えていない。中国の世界戦略とグローバル資本主義の調整と共生が喫緊の課題となるだろう。
[2015.9.29号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)