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共和党の異常事態、ベイナー下院議長辞任と「しぶとい」トランプ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年9月29日 16時45分

 オバマ大統領に対抗する「多数野党」の下院共和党を率いるジョン・ベイナー下院議長が先週末に突如辞任すると言明、米政界に激震が走っています。就任から5年、予算をめぐるバトルなど何度も政権と対決してきた百戦錬磨の議長ですが、どうしてそこまで思い詰めたのでしょうか?

 直接の原因は予算審議の難航です。

 これはかなり切迫した問題で、9月末までに予算を可決できないと再び「政府閉鎖」が起きかねない状況でした。そうは言っても、こうした事態をベイナー議長は何度も経験しています。例えば「財政の崖」騒動とか均衡予算騒動など、予算を人質に取った政局では常に見事な「立ち回り」を見せてきたはずです。

 では、どうして今回に限って調整不能に陥ったのでしょうか?

 理由は明確です。ベイナー議長本人が、「今回の予算を通さないで政府閉鎖をやるのは大義がない」と考えているからです。今回、下院の共和党右派がやっている予算潰し運動の目的は、実は共和党の党是から来る「均衡予算」や「歳出カット」の要求ではないからです。

 今回のバトルの原因は、1つのNGOへの補助金をどうするかという問題に過ぎません。NGOの名前は「Planned Parenthood (PP) 」。日本語では「家族計画協会」と言える団体で、HIVの予防、子宮頸がんへの対策、そして避妊の普及などの活動を行っています。やむを得ない妊娠中絶を実施する医師や医院で構成していて、特に貧困層の支援を重視しています。

 法律によって、このPPに対しては部分的な公的助成が行われています。問題は、このPPの活動の中に妊娠中絶が入っていることです。この点を共和党の保守派は長年問題視してきました。

 そんな中、今年になって、保守系のCMP(Center for Medical Progress)という団体が「PPは臓器・組織売買の常習犯」だというビデオ告発を行ったのです。その内容に関しては評価が割れています。PP側は内容を虚偽だとしており、既に裁判所(複数)からはビデオの公開が禁止されています。オバマ政権をはじめとする民主党も同じです。

 CMPは隠しカメラを使って、ニセの企業を騙った俳優をPPに潜入させ、一種の「おとり捜査」的な手法を使って疑惑をデッチ上げたというのが、民主党の立場です。

 一方で共和党の保守派は、「巨大スキャンダル」だとして、PPへの激しい批判キャンペーンを開始し、大統領候補の予備選においても争点に据えつつあります。そんな中で、「PPへの助成が少しでも入っている予算は通さない」という激しい感情論が盛り上がっているというわけです。

 要するにイデオロギー100%の動機であって、ベイナー議長としては、こんな理由で「政府閉鎖」つまり不要不急の連邦政府機能の停止などという事態に持っていくことを「してはならない」という確信に至ったのだと思います。そこで議長は大きな決断をしたのでした。

 それは「自分のクビと引き換えに議長権限で予算案の採決をする」ということです。現時点では、まだ採決に至っていませんが、時間の問題とも言われています。

 さて、仮にこれで予算が通り下院議長が辞めたとして、今後の政局はどうなるのでしょうか?

 仮に予算バトルで負けると、怨念を抱えた保守派はさらに強硬になると思います。具体的にはジェブ・ブッシュ候補が標的となりそうで「お前は中絶反対派(プロ・ライフ)だと言っているが信用できない」とか、「移民問題で穏健過ぎる」などの攻撃を強めるに違いありません。

 若手のホープと期待されるマルコ・ルビオ候補なども、右派に寄り添うか、中道のイバラの道を歩くのか、どちらかの選択を迫られるでしょう。どちらに転んでも楽な道ではありません。

 そんな中、保守派の方は、「主張がエスカレートすることで、中間層は離反し、本選候補としては勝ち目がなくなっていく」というワナにどんどんはまっていくことになります。ということは反対に、「口は悪いが中道的でもある」ドナルド・トランプの支持が回復することも予想できます。

 これを受けたかのようにトランプは週明け早々、CNNの看板キャスターで「ゴールドマン・サックス出身の経済通」であるエリン・バーネットの単独インタビューに応じるという形で、「新税制案」を発表しました。

 その中身ですが、なかなかユニークなもので「単身で年収2万5000ドル(300万円)以下、既婚カップルで5万ドル(600万円)以下の場合は連邦所得税はゼロ」とする一方で、「単身で年収15万ドル(1800万円)、夫婦で30万ドル(3600万円)」以上の最高税率も40%から25%に下げるというのです。

 その代わり、不公平な節税措置の温床となる複雑な控除や、「タックスホール」(税の抜け道)を改善するのだとタンカを切っていました。「大金持ちやヘッジファンドの連中の中には真っ青になるヤツもいるだろう」というのです。

 こうなると、トランプ氏が共和党の本選候補になる可能性が再度浮上しますが、仮にそうなっても本選で勝つ見込みはやはり少ないでしょう。結果的にはヒラリー・クリントンに有利な情勢になってくると思います。

 ヒラリー候補を含めた民主党の第1回テレビ討論は10月13日に予定されています。一方の共和党の下院議長人事は、ベイナー氏の強く推すケビン・マッカーシー議員という妥当な人事にスンナリ収まるか、こちらの情勢からも目が離せません。

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