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共和党候補カーリー・フィオリーナの政治的資質 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年10月2日 16時35分

 大統領候補を決める共和党の予備選は、依然としてトランプを中心とした混戦状態が続いています。その中で、本命と言われたジェブ・ブッシュは苦戦し、保守派の有力候補と言われたスコット・ウォーカーにいたっては資金不足で予備選からの撤退に追い込まれています。

 その反面、第2回のテレビ討論で大きく支持を伸ばしたのが、共和党内の唯一の女性候補であるカーリー・フィオリーナです。9月末時点での世論調査の平均では支持率が11.8%まで上昇して現在3位となり、反対に支持率が下降気味のカーソンと入れ替わって2位をうかがう状況となってきました。

 フィオリーナといえば、女性としては初めて巨大なIT企業であるヒューレット・パッカード(HP)社のCEOに就任し、「ガラスの天井」を破った存在として有名です。ある意味では差別と戦ってきた存在で、そう考えると民主党のカルチャーの方に近そうですが、一体彼女の「立ち位置」はどこにあるのでしょうか?

 その前にまず、フィオリーナの経歴を見てみましょう。

 彼女がIT業界で頭角を表したのは、ルーセント・テクノロジーの役員(販売部門の社長)としてでした。ルーセントというのは、90年代中期にIT関連の様々な開発を行っていた「ベル研」こと Bell Labs からスピンアウトして出来た会社で、光ファイバー関連のインフラを販売して急成長を遂げた企業です。

 彼女自身は1980年にAT&Tに入社してからずっと「情報通信」畑を歩み、ルーセントでも豪腕とでも言うべき営業力を発揮したそうです。その成績を買われて、99年にHPのCEOにスカウトされたのでした。

 HPでは、何と言っても当時「ウィンドウズ・マシン」のコンピューター製造販売で大きなシェアを持っていたコンパックの買収を進めたことで有名です。このコンパック買収に関しては、HPの創業家が反対する中で、訴訟合戦に勝って買収を進めるなど、ここでも豪腕ぶりを発揮しました。

 ですが、コンパック統合後の巨大化したHPでは、思うように利益体質に脱皮させられず、フィオリーナは2005年に、ドラマチックな解任劇の結果、退任しています。その後の2010年に共和党からカリフォルニア州選出の上院議員選挙に出馬、リベラル派の象徴的な大物議員であるバーバラ・ボクサーという現職に挑んだのですが、惨敗に終わっています。

 一言で言えば、この人は「理念型、ビジョン型」の指導者ではなく、ビジネスでも政治でも「上」を目指して戦っていく「闘争型」の人物だということが言えます。財界雑誌の「フォーチュン」などは、その辺りが「お気に召さない」ようで、ルーセント時代の販売倍増の背景には「販売先への過度の融資枠保証」があったという暴露をしていますが、そのような手段を選ばない販売手法というのは彼女らしいとも言えます。

 HP時代には何と言ってもコンパックの買収を進めました。しかし結果として、PCは価格破壊してコモディティ化していきました。同じくHPが収益の柱としていたプリンターも、マシンの価格を破壊する代わりにインクの継続販売で収益を得るという構造に邁進しましたが、結果は芳しくありませんでした。悪く言えば、ITの高度化によるデフレを生み出した張本人だとも言えます。

 ですが、彼女としては「その場、その場の勝負」に全力で「勝つ」ことしかない、そんな「走り方」をしていただけだと思います。そんな中で「IT化が進むとデフレが起きる」ということ、その果てには「無料サービスの裏に収益活動を埋め込む(グーグル)」とか「超高付加価値で勝っていくしかない(アップル)」というような21世紀型のビジョンがなくては「勝てない」ということには思いはいたらなかったのだろうし、そういった未来予測や理念の話にはそもそも適性はないのでしょう。

 このように「何でも勝ち負けの話」にして、必死で戦っていくというのは、アメリカの「開拓者精神」ひいては保守カルチャーに通じるものがあります。上院議員選挙に出た時も、自身のガン闘病経験を踏まえて「現職のボクサー議員は怖かったけれど、自分がガンのキモセラピー(理学療法)をやってからは怖くなくなった」などと発言していましたが、そういう「ギリギリの部分での一生懸命さ」というのは、アメリカの保守派の琴線に触れるのです。

 そのフィオリーナは、中絶問題の絡みでベイナー下院議長を辞任に追いやった、「中絶容認NGO」の「プランド・ペアレントフッド」への容赦のない攻撃に余念がありません。また麻薬問題では、娘を乱用で亡くした経験に基づいて「医薬用のマリファナも許さない」という厳格な姿勢で保守派の支持を得ています。

 そんなわけで、保守派として相当に右のポジションに立ち始めており、その様子が「コワモテ」の物言いも含めて「サマになってきた」彼女ですが、例えばHP時代に「令状なき国民への盗聴行為、ネット検閲」に協力したのではないかという質問に対して、「その通り。国民をテロから守るために私は正しいことをした」と回答するなど、相当に筋金入りになってきています。

 フィオリーナの「なりふり構わぬ」姿勢を見ていると、手段は選ばない(?)が理念やビジョンは依然として意識しているヒラリー・クリントンが「クリーン」に見えてくる――。そのぐらいにフィオリーナの「勝ちに行く」姿勢、あるいは「負けたくないという渇望感」というのは強烈です。

 このように、21世紀の複雑な世界におけるアメリカ大統領としての資質には相当に疑問が残るわけですが、今後の予備選においてはこのフィオリーナが、トランプ同様にかなり情勢を「引っかき回して」いくことは間違いなさそうです。

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