中国経済に対する不安感が世界に広がっている理由の一つは中国当局が公表する数字が疑わしいことにあります。中国政府が発表した2015年上半期の国内総生産(GDP)成長率は7.0%。年初に立てた目標値どおりの結果で、決して低い成長率ではありません。ならば中国政府は経済は目標どおり順調に推移しているとして涼しい顔をしていてもよさそうなものですが、実際には2014年11月から15年8月まで5回も金利と預金準備率を引き下げたり、公共事業を積み増すなど景気刺激に躍起になっています。本当は中国政府は経済がもっと悪いと思っているのではないかという疑念が広がっても当然です。
私も2015年1-3月のGDP成長率(7.0%)が発表された時にきわめて疑わしいと思い、1-6月の成長率やその他の統計を見てますます疑念が深まりました。私は中国の統計などデタラメだ、という立場に立つものではありませんが、今年のGDP成長率に限って言えば粉飾があるとにらんでいます。
では2015年上半期の本当の成長率が7%より低かったのだとしていったいどれぐらいなのでしょうか。私の推計結果はズバリ5.3%です。どうしてこのような結果になったかを説明する前に中国の統計の特徴について説明しましょう。
農業生産と工業生産の統計や正確
中国の経済統計の特徴は農業生産と工業生産に強いことです。ちなみに中国における工業とは鉱業、製造業、電力・ガス・水道業を含みます。計画経済を遂行するためには農業と工業の生産を正確に把握する必要があったため、1950年代からこれらの生産量については統計をとってきました。そうした流れから、市場経済体制に移行した今でも農業と工業に関しては非常に詳しく統計がとられています。私は自動車産業統計の生データを分析したことがありますが、120社以上もあるメーカーのすべてについて、経営不振で年8台しか車を生産していないみじめなメーカーに至るまで1台単位で生産量が把握されています。
一方、中国の統計の弱点は小売や物流などの第三次産業です。小売や物流も国有企業が担っていた計画経済時代にはきちんと統計をとっていたのですが、市場経済に移行して自営業や民間企業が小売や物流の担い手の中心になったのに統計の態勢の転換が追いついていません。中国は第3次産業がGDPに占める比率が46%しかなくて国際比較すると異様に低いのですが、これは第3次産業が未発達だからというよりも、第3次産業が統計によって十分に把握されていないからだと思います。
人々の所得の状況も統計では十分に把握されていないようです。中国では汚職高官から一般庶民に至るまで多かれ少なかれグレーな収入があります。そうした収入は当然税務署には隠すわけですが、税務署に隠している収入を統計調査員に対して正直に報告するとは考えにくいです。
粉飾が疑われる工業成長率
以上のような統計の特徴を反映して、GDPの計算は主に生産の側からなされております。なかでも農業と工業は生産側から付加価値額が把握されています。一方、第3次産業は生産側からの把握が難しいため、収入の側から、すなわちサービス業就業者の賃金やサービス企業の利益等から付加価値額が把握されています(国家統計局国民経済核算司編『中国年度国内生産総値計算方法』)。しかし、収入が過少報告されがちであるとすると、第3次産業の付加価値額も過小評価になっているはずです。
さて、2015年1-6月のGDP成長率を産業別にみると農林牧漁業が3.6%、工業が6.0%などであったのに対して金融業が17.4%も伸びており、金融業のGDP成長に対する寄与率は21%でした。2015年上半期の株バブルの形成と崩壊を思えば金融業が仲介料収入によって急成長したのは理解できます。最も理解に苦しむのが工業の成長率(6.0%)です。実はGDPと同時に自動車、鉄鋼、電力など主要な27種類の工業製品の生産量の統計も発表されます。それを見ると、上半期に6%以上の成長を記録したのは4種類のみで、13種類の工業製品は伸び率がマイナスなのです。前述のように工業生産はかなり正確に把握されていますので、それと工業全体の成長率が矛盾しているとなると私は後者の方を疑います。
工業成長率は付加価値の成長率なので工業製品の生産量の伸びと一致する必要は必ずしもないのですが、表に示したように2005-2014年の両者の伸び率を比べてみるとけっこう近いのです。ところが2015年上半期の主要工業製品の生産量の平均的な伸び率が1.0%であるのに対して工業成長率は6.0%と大きく乖離しており、粉飾が疑われます。
そこで、これまでの主要工業製品生産量の伸び率と工業成長率の関係を利用して、2015年上半期の前者の伸び率から後者の伸び率を推計しますと1.3%となります。これに基づき、他の産業に関する統計は正しいと仮定して2015年上半期のGDP成長率を求めると5.3%となるのです。今年9月上旬に2週間近く上海と広東省で企業経営者や経済学者から話を聞き、生産現場も見てきましたが、成長率5%台というのはその時の実感とも符合します。
[執筆者]
丸川知雄 1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991〜93年には中国社会学院工業経済研究 所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数
丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授・中国経済)
私も2015年1-3月のGDP成長率(7.0%)が発表された時にきわめて疑わしいと思い、1-6月の成長率やその他の統計を見てますます疑念が深まりました。私は中国の統計などデタラメだ、という立場に立つものではありませんが、今年のGDP成長率に限って言えば粉飾があるとにらんでいます。
では2015年上半期の本当の成長率が7%より低かったのだとしていったいどれぐらいなのでしょうか。私の推計結果はズバリ5.3%です。どうしてこのような結果になったかを説明する前に中国の統計の特徴について説明しましょう。
農業生産と工業生産の統計や正確
中国の経済統計の特徴は農業生産と工業生産に強いことです。ちなみに中国における工業とは鉱業、製造業、電力・ガス・水道業を含みます。計画経済を遂行するためには農業と工業の生産を正確に把握する必要があったため、1950年代からこれらの生産量については統計をとってきました。そうした流れから、市場経済体制に移行した今でも農業と工業に関しては非常に詳しく統計がとられています。私は自動車産業統計の生データを分析したことがありますが、120社以上もあるメーカーのすべてについて、経営不振で年8台しか車を生産していないみじめなメーカーに至るまで1台単位で生産量が把握されています。
一方、中国の統計の弱点は小売や物流などの第三次産業です。小売や物流も国有企業が担っていた計画経済時代にはきちんと統計をとっていたのですが、市場経済に移行して自営業や民間企業が小売や物流の担い手の中心になったのに統計の態勢の転換が追いついていません。中国は第3次産業がGDPに占める比率が46%しかなくて国際比較すると異様に低いのですが、これは第3次産業が未発達だからというよりも、第3次産業が統計によって十分に把握されていないからだと思います。
人々の所得の状況も統計では十分に把握されていないようです。中国では汚職高官から一般庶民に至るまで多かれ少なかれグレーな収入があります。そうした収入は当然税務署には隠すわけですが、税務署に隠している収入を統計調査員に対して正直に報告するとは考えにくいです。
粉飾が疑われる工業成長率
以上のような統計の特徴を反映して、GDPの計算は主に生産の側からなされております。なかでも農業と工業は生産側から付加価値額が把握されています。一方、第3次産業は生産側からの把握が難しいため、収入の側から、すなわちサービス業就業者の賃金やサービス企業の利益等から付加価値額が把握されています(国家統計局国民経済核算司編『中国年度国内生産総値計算方法』)。しかし、収入が過少報告されがちであるとすると、第3次産業の付加価値額も過小評価になっているはずです。
さて、2015年1-6月のGDP成長率を産業別にみると農林牧漁業が3.6%、工業が6.0%などであったのに対して金融業が17.4%も伸びており、金融業のGDP成長に対する寄与率は21%でした。2015年上半期の株バブルの形成と崩壊を思えば金融業が仲介料収入によって急成長したのは理解できます。最も理解に苦しむのが工業の成長率(6.0%)です。実はGDPと同時に自動車、鉄鋼、電力など主要な27種類の工業製品の生産量の統計も発表されます。それを見ると、上半期に6%以上の成長を記録したのは4種類のみで、13種類の工業製品は伸び率がマイナスなのです。前述のように工業生産はかなり正確に把握されていますので、それと工業全体の成長率が矛盾しているとなると私は後者の方を疑います。
工業成長率は付加価値の成長率なので工業製品の生産量の伸びと一致する必要は必ずしもないのですが、表に示したように2005-2014年の両者の伸び率を比べてみるとけっこう近いのです。ところが2015年上半期の主要工業製品の生産量の平均的な伸び率が1.0%であるのに対して工業成長率は6.0%と大きく乖離しており、粉飾が疑われます。
そこで、これまでの主要工業製品生産量の伸び率と工業成長率の関係を利用して、2015年上半期の前者の伸び率から後者の伸び率を推計しますと1.3%となります。これに基づき、他の産業に関する統計は正しいと仮定して2015年上半期のGDP成長率を求めると5.3%となるのです。今年9月上旬に2週間近く上海と広東省で企業経営者や経済学者から話を聞き、生産現場も見てきましたが、成長率5%台というのはその時の実感とも符合します。
[執筆者]
丸川知雄 1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991〜93年には中国社会学院工業経済研究 所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数
丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授・中国経済)