面倒な交渉の末にようやく妥結したTPPですが、この問題に関しては日本もアメリカも「政治のねじれ」を経験しています。日本の場合は、そもそもTPP交渉へ向けて積極的に踏み込んだのは民主党の野田政権で、当時野党だった自民党は安倍晋三首相も含めて、主として農村票を意識して消極的でした。
ですが、現在は安倍政権として積極的に交渉を進めて合意に至った一方で、民主党の方は「慎重審議を」という姿勢になっています。こうなると立場の「ねじれ」というより、政権政党になると中道現実主義、下野すると左右の極端という間を「ウロウロ」せざるを得ない「日本型民主主義」の、「ブレ」と「戻り」の力学が見えます。
この点で比較すると、アメリカの場合はもっと大変です。
TPPを推進しているのはオバマ政権ですが、与党・民主党の議員は相当数が反対です。非常に単純化して言えば、労働組合票などに支えられている議員が多いので、自由貿易より保護貿易を志向しているからです。大統領選の候補でも、ヒラリー・クリントンは消極姿勢(その変節は「日本的」ですが)、バーニー・サンダースは強硬に反対という具合です。
しかしTPPを妥結した後は、議会で批准をしなくてはなりません。実は今回は妥結に漕ぎ着けたオバマ政権ですが、アメリカ議会での批准は決して予断を許さない状況です。その際に頼りになるのは、野党の共和党です。共和党は基本的に自由貿易に理解があるからです。正に究極の「ねじれ」というわけです。
その共和党は、医薬品業界との関係が深いという側面があります。今回は最後の大詰めの段階で「新薬開発時のデータ保護期間」で大きくモメましたが、アメリカとしてはどうしても強硬に出ざるを得ない背景として、共和党の存在があると言えます。
アメリカにとって医薬品業界とは、非常に巨大な基幹産業です。その競争力は、莫大な経費を使った新薬開発で維持されています。そのデータ保護期間が短縮されてしまえば、それだけ各国でのジェネリック医薬品が市場に出るのが早まるわけで、大変に困ります。その懸念が、このTPP交渉の土壇場に来て噴出したことになります。
ところで、こうした自由貿易か保護貿易かという「対立軸」は、アメリカにとって大変に深刻な問題です。例えば、19世紀半ばの大事件である南北戦争は、一般的には奴隷解放をめぐる対立の結果だと言われ、それは確かにそうした側面が強いのは事実です。
ですが、その裏には「自由貿易」を巡る南北の抜き差しならない対立がありました。南北戦争の直前、農場主などを中心とした南部の経済は「商工業ではなく農業」、「大きな政府ではなく小さな政府」、「競争力がある以上は自由貿易を」という政治エネルギーとなっていました。そして奴隷制の問題は、その「農業における低コスト体質」を支えていたのでした。
これに対して、北部を中心とした商工業の利害としては、「まだ欧州に比べると競争力が十分でない」中で、政府による産業保護や、通商の安全を確保するための安全保障を求めていました。
つまり新興国アメリカが、国際化しつつある経済の中でどう進んでいくのか、その方針が南北で真っ二つに割れてしまったわけです。それが「北部エスタブリッシュメント」対「南部農場主たち」という政治的な対立エネルギーを激しく煽ったのです。
さらに言えば、北部が奴隷制に強硬に反対した背景には、まだ欧州に比べると脆弱であった工業を「保護貿易」で守るためには、「奴隷制という無法により競争力を持ってしまっている」南部の農業経済が「自由貿易を求める」こととは「相容れない」という構造があったわけです。
結果的に北軍が勝利しましたが、その後の「南部の再建(リコンストラクション)」はなかなか進みませんでした。北部が恐怖政治を敷いたという問題もありますが、何よりも「奴隷制という悪しき低コスト構造」が消滅した後の南部経済で、「収益体質を再建する」という根本的な問題が解決しなかったからでした。
このようにアメリカは「自由貿易か保護貿易か」という論点を奴隷制の問題に重ねて内戦までやった国であり、その対立構造は現在にまで続いています。そんな中、このTPPが妥結されたというのは、やはり画期的・歴史的だと思います。
また、各国がギリギリまで利害を主張しつつ、最後はとりあえずの「落とし所」へと持っていきました。多国間の自由で柔軟な交渉により、貿易の公正なルールを決めるというスタイルは、中国に対して「オープンな貿易ルールに従うように」というメッセージを発信できるところが有効だと思います。
各国の批准と発効に関しては、まだ未確定要素も多いですが、とにかくこのメッセージを本当に有効なものとするためにも、環太平洋圏がこの新しい枠組みの中で経済的に繁栄することが大切だと思います。
ですが、現在は安倍政権として積極的に交渉を進めて合意に至った一方で、民主党の方は「慎重審議を」という姿勢になっています。こうなると立場の「ねじれ」というより、政権政党になると中道現実主義、下野すると左右の極端という間を「ウロウロ」せざるを得ない「日本型民主主義」の、「ブレ」と「戻り」の力学が見えます。
この点で比較すると、アメリカの場合はもっと大変です。
TPPを推進しているのはオバマ政権ですが、与党・民主党の議員は相当数が反対です。非常に単純化して言えば、労働組合票などに支えられている議員が多いので、自由貿易より保護貿易を志向しているからです。大統領選の候補でも、ヒラリー・クリントンは消極姿勢(その変節は「日本的」ですが)、バーニー・サンダースは強硬に反対という具合です。
しかしTPPを妥結した後は、議会で批准をしなくてはなりません。実は今回は妥結に漕ぎ着けたオバマ政権ですが、アメリカ議会での批准は決して予断を許さない状況です。その際に頼りになるのは、野党の共和党です。共和党は基本的に自由貿易に理解があるからです。正に究極の「ねじれ」というわけです。
その共和党は、医薬品業界との関係が深いという側面があります。今回は最後の大詰めの段階で「新薬開発時のデータ保護期間」で大きくモメましたが、アメリカとしてはどうしても強硬に出ざるを得ない背景として、共和党の存在があると言えます。
アメリカにとって医薬品業界とは、非常に巨大な基幹産業です。その競争力は、莫大な経費を使った新薬開発で維持されています。そのデータ保護期間が短縮されてしまえば、それだけ各国でのジェネリック医薬品が市場に出るのが早まるわけで、大変に困ります。その懸念が、このTPP交渉の土壇場に来て噴出したことになります。
ところで、こうした自由貿易か保護貿易かという「対立軸」は、アメリカにとって大変に深刻な問題です。例えば、19世紀半ばの大事件である南北戦争は、一般的には奴隷解放をめぐる対立の結果だと言われ、それは確かにそうした側面が強いのは事実です。
ですが、その裏には「自由貿易」を巡る南北の抜き差しならない対立がありました。南北戦争の直前、農場主などを中心とした南部の経済は「商工業ではなく農業」、「大きな政府ではなく小さな政府」、「競争力がある以上は自由貿易を」という政治エネルギーとなっていました。そして奴隷制の問題は、その「農業における低コスト体質」を支えていたのでした。
これに対して、北部を中心とした商工業の利害としては、「まだ欧州に比べると競争力が十分でない」中で、政府による産業保護や、通商の安全を確保するための安全保障を求めていました。
つまり新興国アメリカが、国際化しつつある経済の中でどう進んでいくのか、その方針が南北で真っ二つに割れてしまったわけです。それが「北部エスタブリッシュメント」対「南部農場主たち」という政治的な対立エネルギーを激しく煽ったのです。
さらに言えば、北部が奴隷制に強硬に反対した背景には、まだ欧州に比べると脆弱であった工業を「保護貿易」で守るためには、「奴隷制という無法により競争力を持ってしまっている」南部の農業経済が「自由貿易を求める」こととは「相容れない」という構造があったわけです。
結果的に北軍が勝利しましたが、その後の「南部の再建(リコンストラクション)」はなかなか進みませんでした。北部が恐怖政治を敷いたという問題もありますが、何よりも「奴隷制という悪しき低コスト構造」が消滅した後の南部経済で、「収益体質を再建する」という根本的な問題が解決しなかったからでした。
このようにアメリカは「自由貿易か保護貿易か」という論点を奴隷制の問題に重ねて内戦までやった国であり、その対立構造は現在にまで続いています。そんな中、このTPPが妥結されたというのは、やはり画期的・歴史的だと思います。
また、各国がギリギリまで利害を主張しつつ、最後はとりあえずの「落とし所」へと持っていきました。多国間の自由で柔軟な交渉により、貿易の公正なルールを決めるというスタイルは、中国に対して「オープンな貿易ルールに従うように」というメッセージを発信できるところが有効だと思います。
各国の批准と発効に関しては、まだ未確定要素も多いですが、とにかくこのメッセージを本当に有効なものとするためにも、環太平洋圏がこの新しい枠組みの中で経済的に繁栄することが大切だと思います。