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オバマ政権が見透かす、シリア情勢に介入したロシアの「動機」 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年10月8日 18時25分

 ロシアはシリア領内での空爆を拡大する一方で、カスピ海上の艦船から巡航ミサイル攻撃を行ったと発表、4隻の艦船から26発のミサイルを発射して、11カ所の標的に着弾したということです。さらには「ロシア義勇兵」による地上戦介入も示唆するなど、ロシアのシリア領内での活動は、どんどんエスカレートしているように見えます。

 これについて、オバマ政権は「ロシアはISILをターゲットにしていると主張しているが、アメリカの支援している反アサド勢力にまで攻撃を加えており、見過ごすことはできない」と不快感を表明しています。

 一方、プーチン大統領は「攻撃対象はあくまでISILとアルカイダ系の武装勢力に限定している」と主張しています。そればかりか、アメリカに対して何度も「シリア領内での反テロ共同作戦をやろう」と持ちかけているのです。

 この提案に対してオバマ大統領は、批判を加えつつ「米軍の直接介入は行わない」という従来の立場を崩していません。またアシュトン・カーター米国防長官も、「ロシアから共同作戦への誘いが来ているが、時期尚早だと返答した」と話しています。

 ロシアがシリア情勢に介入するのは、一見すると歴史的な理由があるように見えます。何よりも、東西冷戦の時代には「イスラエルを支援するアメリカと西欧」に対抗して「ソ連はアラブ勢力を支援する」という構図がありました。特に「アラブ連合共和国」を構成していたシリアは、60年代後半にはソ連との軍事的な関係を密にしていたのです。

 また、当時の関係を反映してシリアの地中海沿岸の都市タルトゥースに、ロシアは海軍の補給基地を保有しており、その使用についてアサド政権に便宜を図ってもらっているという関係もあります。

 そう考えると、ロシアのシリア領内での利権、そしてアサド大統領との先代の時代を含めた長い関係は、アメリカや西欧の利害とは、そしてイスラエルの利害とは厳しく対立するものだと言えます。

 それにも関わらず、オバマ政権は動きません。こうした一連の「オバマの軍事外交」については、アメリカの野党・共和党からは「弱腰」だという批判が続いています。そもそも「反アサド勢力への援助を真剣に行わなかった」こと、そして「アサド政権が反政府勢力に対してサリン攻撃を行った」際に「ロシアの仲介でサリンの廃棄をする」という「甘い」取引に乗ったこと、これに加えて「ロシアやシリアに近いイランとの核交渉」で合意に至ったこと、こうした流れの「全てが弱腰だ」というのです。

 では、本当にオバマは弱腰なのでしょうか? 個人的にセンチメンタルな平和主義に傾斜しているとか、イラクやアフガニスタンとの戦争に疲れた世論に迎合しているのでしょうか? そして、アメリカはオバマという「弱腰な大統領」によって「世界の警察官」から完全に降りてしまったのでしょうか?

 私は違うと思います。オバマ政権は「ロシアの動機」を見抜いています。ロシアがシリアの領内で異常なまでに活動をエスカレートさせている背景には、原油価格とルーブル安の問題がある、それがオバマ政権の見方です。

 産油国ロシアは、国際的なエネルギー価格の低迷に苦しんでいます。中国経済のスローダウンなどを受けて再び歴史的な安値圏にある原油価格は、あらためてロシア経済を追いつめており、通貨のルーブルも1ドルが60~70ルーブルと下落しています。

 そんな中で、仮にシリア情勢が緊迫化すれば、中東全体に戦火が及ぶことも考えられ、原油価格が上昇する可能性があります。悪く言えば、そのような情勢を作り出すためには、シリア情勢が「混沌化すればするほど」良いわけです。

 ちなみに、ロシアが原油価格の下落要因となりかねない「イラン核合意」に乗った背景には、イランの核開発がなくなれば西欧の「ミサイル防衛構想」がスローダウンするという思惑からであって、いずれにしても「原油の高値誘導」がロシアにとっての国益だという構図に変化はありません。

 対するオバマの姿勢は一貫しています。自国内ではシェールガスの開発を進める一方で原発の新規建設を許可するなど、エネルギーの多様化を進めて中東の石油への依存度を下げ、原油安誘導政策を続けてロシアを追いつめているのです。

 オバマ政権としては、ロシアのシリア介入に対して激怒しながらも、シリアを舞台にした(あるいはウクライナも加えた)「米ロ代理戦争」をエスカレートさせる気は「さらさらない」のです。その計算には根拠があり、「弱腰」という批判は当たらないと思います。

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