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原油安で独り勝ちする米経済

ニューズウィーク日本版 2015年10月13日 17時0分

 この夏の中国発の株式・為替・商品市場の急落を受け、世界は不況の再来に怯えている。

 だが、アメリカの消費者にはいい知らせがある。可処分所得に占めるエネルギー関連支出の割合が、1960年代の水準を下回りそうな勢いなのだ。

 米エネルギー情報局(EIA)によると、アメリカの世帯当たりエネルギーコストは今年、14年の水準を平均700ドル下回る見通しだ。しかもこのトレンドは来年いっぱい続きそうだ。

「今年10~12月のガソリンの小売価格は1ガロン当たり平均2.11ドル(1リットル当たり約55セント)まで下がるだろう」と、EIAの石油市場アナリストであるティモシー・ヘスは語る。「16年末まで3ドル(同79セント)以下の水準が続くとみられる」

 ガソリン価格が上昇に転じるのは17年に入ってからだと、EIAのマクロ経済アナリストのビピン・アローラも言う。ということは、アメリカ人は今後1年間、安心して買い物ができる。

「ガソリン価格が下がった分、テレビを買える」と、アローラは語る。「(ガソリン支出が減れば)可処分所得と消費が増える。個人消費はアメリカのGDPの7割近くを占めるから、経済全体に与える影響も大きい。手元に残る所得が増えれば、消費が増えて、企業は需要増に対応するために雇用を増やす」

 米商務省経済分析局によると、可処分所得そのものも増加傾向にある。今年4~6月の個人の可処分所得は、前期比1186億ドル(3.7%)増となった。

 アメリカの庶民は鈍い賃金上昇に苦しんできたが、少しばかり懐に余裕ができて、景気浮揚に貢献するかもしれないと、投資会社アゲインキャピタルのジョン・キルダフは語る。「ガソリン支出が減った分、今年は新学期もクリスマスも最高の買い物シーズンになるだろう」

 こうした状況を合わせて考えると、最近よく言われる「世界的な景気減速」は、ちょっと違うのではと思えてくる。

消費者の信頼感も回復

 確かに8月半ばの人民元切り下げで、中国経済の先行きに対する不透明感が一気に高まり、世界の株式市場と商品市場は売り一色になった。同月末に中国人民銀行(中央銀行)が、政策金利と銀行準備率の引き下げに踏み切ったことも、投資家の不安を大きくした。

 だが、「現在のパニックは基本的に『メイド・イン・チャイナ』だ」と、英調査会社キャピタル・エコノミクスのジュリアン・ジェソップは語る。「主要国の経済指標は総じて良好だ。世界的な大不況を心配するべき理由はほとんどない」

 むしろ世界のエネルギー消費国は、今回のパニックから恩恵を得られそうだ。なにしろ中国は、世界最大の商品(原材料や農産物)消費国だ。その成長減速で猛烈な商品需要も鈍化したことが、この夏の原油価格下落の大きな理由の1つだった。

 ドル高も、原油価格の下げ圧力となった。世界の石油取引はドル建てがほとんどだから、通貨安となった産油国は生産量を増やし、供給過剰に拍車を掛けている。このため原油価格は8月24日、1バレル=38.24ドルという6年半ぶりの安値を付けた。

「米経済にとって、これは刺激になる。原油の8割は運輸関連に回されるからだ」と、キルダフは言う。そして輸送コストが低下している空運、海運、陸運企業の株価が上昇するとの見方を示した。

 キルダフに言わせれば、多くの投資家やエコノミストは、原油安のもう1つのプラス効果を見逃している。消費者信頼感の回復だ。「その最大の原因は商品、とりわけ原油の価格安とドル高だ」と、金融大手クレディ・スイスのアナリストらは指摘する。「こうした市場動向は、中国の成長減速とアメリカの景気拡大と密接に関係している」

 さらに価格下落を受け、原油の需要は世界的に拡大する見通しだ。しかも過去5年間で最大という、「トレンドを上回る」拡大が来年まで続くと、国際エネルギー機関(IEA)は予測する。IEAによると、今年の需要増は日量で170万バレル、来年は140万バレルになる。

 例えばアメリカでは、石油製品の需要が何年かぶりの高い水準にある。ガソリンをがぶがぶ食うSUV(スポーツユーティリティー車)やトラックの販売も絶好調だ。調査会社オートデータによると、自動車メーカー各社の、夏のドライブシーズンの販売台数は予想をほぼ2倍上回り、年間ベースでも過去10年で最大となる可能性が出てきた。

「(原油価格の)下落を受け、(石油製品の)需要が高まっている」と、エネルギーアナリストのジム・リターブッシュは語る。また、これまで消費を控えてきた分、消費者は車を買うだけでなく、走行距離も増やすだろう。「ガソリンは需要と供給量が一致しやすい」

減産を拒否するOPEC

 だが、原油は違う。需要は高まっているが、世界的にだぶついた供給をとても吸収できそうにないのだ。IEAによると、アメリカのシェール革命を背景とする生産量増加で、原油の過剰供給は日量300万バレルという98年以来の「驚愕すべき」高水準に達している。

 EIAによると、アメリカの石油生産は今年、日量922万バレルと、72年以来最大となる。なにしろアメリカでは、09年の掘削ブーム以来、「年平均10%のペースで(原油を)増産してきた」と、EIAのヘスは語る。それでも来年は日量40万バレル(約4%)の減産が実施されると、EIAは予想する。

 原油価格の急落を受け、生産企業や輸出企業は掘削規模や人員を削減して、採算を合わせてきた。その節減分は計1800億ドルに達する。だが、アメリカでは、国産石油の輸出が禁止されていることもあり、石油備蓄は昨年の水準を25%も上回る。

 中東の主要産油国サウジアラビア、イラク、イランの三つどもえの競争も、過剰供給に拍車を掛けている。IEAによると、イランは7月の核開発協議での合意に基づく経済制裁解除を見据え、OPEC(石油輸出国機構)でサウジアラビアに次ぐ産油国の座を取り戻すべく、積極的な輸出を開始するとみられている。

 一方、OPECの盟主サウジアラビアは昨年11月、原油価格を上昇させるための一方的な減産を否定。むしろ増産によって、価格下落分を取り戻す姿勢を明確にした。しかしIMF(国際通貨基金)の予測によると、サウジアラビアは今年の財政赤字が1500億ドルに達しそうだ。

 8月末、OPECは「公正かつ合理的な(原油)価格」を確保するために、「あらゆる産油国と協議する準備がある」と表明した。OPECはかつて政治的な手段として、減産によって原油価格をつり上げたことがあるが、今回はそうしたコンセンサスを築けそうにない。

 アメリカでの掘削プロジェクト削減や、世界的なエネルギー需要拡大で、原油価格は来年にも上昇に転じるとされる。だが多くの業界関係者は、原油安の長期化という「ニューノーマル」を受け入れつつあるようだ。


[2015.10. 6号掲載]
リア・マグラス・グッドマン

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