IT業界では、大規模な変化を起こそうとする人たちのことをDisrupter(ディスラプター)などと表現する。"Disruption"とは、「破壊」を意味する。彼らが挑戦するのは、私たちの社会や生活に溶け込んだ「慣れ」を取り壊すことに他ならない。
医療業界で、それにチャレンジするスタートアップがいる。ボストンを拠点に活動する「PillPack」だ。ネーミングから想像がつくかもしれないが、患者が服用する処方薬を、摂取時間でまとめて個別梱包して自宅に届けてくれるサービスだ。2014年2月のサービス開始から現在に至るまでに、全米中に100万以上の処方箋パックを発送している。
アメリカでは、国民一人当たりが服用する薬の数は年々増え続けており、国民の半数が1種類以上の処方薬を服用していると言われている。また、ビタミンやミネラルなどの栄養素をサプリメントとして摂取する習慣もあるため、それを含むとさらに多くの錠剤が服用されていることになる。PillPackでは、薬のみならず、これらのビタミン剤も含めて個別梱包してくれる。
風邪を引いてしまい、出してもらった処方箋で近所の調剤薬局で薬を受け取る。それが、たまになら既存の仕組みでも大した不自由はない。しかし、いくつもの薬を服用している場合、飲み忘れに気をつける以前にその管理が大変だ。アメリカでは国民の10人に1人、約3,000万人が1日5つ以上の処方薬を服用している。うつ病、糖尿病、心臓病、抱える病気はそれぞれだ。それだけ多くの人が、仕方なく、この不便に耐えているのだ。
アメリカは、そもそも医療制度自体がややこしい。日本のように、財布に保険証さえ入っていれば、目についた病院にふらっと入れる仕組みではない。自分が加入している保険会社に応じて、その保険に対応している病院と医師に診てもらう必要がある。うっかり適用外の病院で診察してもらおうものなら、目が飛び出るような金額の請求書に見舞われる。
病院のオンライン化も、進んでいるようで実態が伴っていない印象だ。ポータルサイトを使って連絡すれば医師と直接連額が出来ると説明を受けたが、前回は1ヶ月経ってやっと担当医から電話がかかってくる始末。処方箋のミスを正してもらうというシンプル、でも重要なことにそれだけの時間を要した。PillPackでは、薬の調整や補給についても、同社の調剤師が担当医と直接やり取りしてくれるため患者は手間いらず。また、24時間質問に答えてくれる調剤師も配備されている。
このようにして新たなソリューションがいざ形になってみると、なぜ、それがこれまで存在しなかったのかと不思議に思ってしまう。
処方箋は、そういうものだから。
PillPackは、この不便極まりない「慣れ」を変えることに挑戦している。その不便を被っているその当事者でさえ、その事実を忘れてしまっている事態に。私たちの生活に潜む不便にチャレンジする彼らのようなディスラプターが、今後もっと多く登場することを願っている。
[執筆者]
三橋ゆか里
フリーランスのITライター。IT系メディア「The Bridge」や、女性誌「Numero」や「Hanako」などで幅広く執筆。三省堂の「ICTことば辞典」を共著。現在はロサンゼルスに在住しながら、世界各国のスタートアップを取材し続けている。
三橋ゆか里(ITライター)
医療業界で、それにチャレンジするスタートアップがいる。ボストンを拠点に活動する「PillPack」だ。ネーミングから想像がつくかもしれないが、患者が服用する処方薬を、摂取時間でまとめて個別梱包して自宅に届けてくれるサービスだ。2014年2月のサービス開始から現在に至るまでに、全米中に100万以上の処方箋パックを発送している。
アメリカでは、国民一人当たりが服用する薬の数は年々増え続けており、国民の半数が1種類以上の処方薬を服用していると言われている。また、ビタミンやミネラルなどの栄養素をサプリメントとして摂取する習慣もあるため、それを含むとさらに多くの錠剤が服用されていることになる。PillPackでは、薬のみならず、これらのビタミン剤も含めて個別梱包してくれる。
風邪を引いてしまい、出してもらった処方箋で近所の調剤薬局で薬を受け取る。それが、たまになら既存の仕組みでも大した不自由はない。しかし、いくつもの薬を服用している場合、飲み忘れに気をつける以前にその管理が大変だ。アメリカでは国民の10人に1人、約3,000万人が1日5つ以上の処方薬を服用している。うつ病、糖尿病、心臓病、抱える病気はそれぞれだ。それだけ多くの人が、仕方なく、この不便に耐えているのだ。
アメリカは、そもそも医療制度自体がややこしい。日本のように、財布に保険証さえ入っていれば、目についた病院にふらっと入れる仕組みではない。自分が加入している保険会社に応じて、その保険に対応している病院と医師に診てもらう必要がある。うっかり適用外の病院で診察してもらおうものなら、目が飛び出るような金額の請求書に見舞われる。
病院のオンライン化も、進んでいるようで実態が伴っていない印象だ。ポータルサイトを使って連絡すれば医師と直接連額が出来ると説明を受けたが、前回は1ヶ月経ってやっと担当医から電話がかかってくる始末。処方箋のミスを正してもらうというシンプル、でも重要なことにそれだけの時間を要した。PillPackでは、薬の調整や補給についても、同社の調剤師が担当医と直接やり取りしてくれるため患者は手間いらず。また、24時間質問に答えてくれる調剤師も配備されている。
このようにして新たなソリューションがいざ形になってみると、なぜ、それがこれまで存在しなかったのかと不思議に思ってしまう。
処方箋は、そういうものだから。
PillPackは、この不便極まりない「慣れ」を変えることに挑戦している。その不便を被っているその当事者でさえ、その事実を忘れてしまっている事態に。私たちの生活に潜む不便にチャレンジする彼らのようなディスラプターが、今後もっと多く登場することを願っている。
[執筆者]
三橋ゆか里
フリーランスのITライター。IT系メディア「The Bridge」や、女性誌「Numero」や「Hanako」などで幅広く執筆。三省堂の「ICTことば辞典」を共著。現在はロサンゼルスに在住しながら、世界各国のスタートアップを取材し続けている。
三橋ゆか里(ITライター)