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オバマと習は中国経済を語らず

ニューズウィーク日本版 2015年10月19日 14時16分

 多くの首脳会談の例に漏れず、先月のオバマ大統領と習近平(シー・チンピン)国家主席の米中首脳会談も、かなり退屈なものだった。首脳会議の大まかな枠組みは何日も前(時には数週間前)から事前に設定されている。

 それよりずっと重要なのは、最も厄介な課題、つまり中国経済の低迷についてほとんど議論されなかったことだ。IMFによれば、中国のGDP成長率は今年が6.8%、来年は6.3%に低下するとみられている。

 もっと明確な景気低迷の証拠もある。上海株式市場の激しい値動きと株価急落、そして当局による予想外の人民元切り下げだ。にもかかわらず、中国経済はそもそも首脳会談の主要テーマではなかった。

 予兆は習が訪米する1週間前からあった。中国側はこのとき、アメリカの専門家が米中首脳会談の「成功」の基準をどこに置いているかを探るため、その一部と私的な会議を開いた。私を含む会議の出席者の予想どおり、南シナ海の領有権問題とサイバー攻撃問題は恒例行事のように米中双方が取り上げた。

 一方、アメリカ側が会議の席で最も緊急性が高い問題として提起したのは、習が中国経済の実態をもっと「可視化」すべきであり、少なくともそう約束する必要があるという点だった。

 アメリカ側は何よりも、米政府当局者と国際市場のニーズに対し、習が一定の配慮を示すことを望んだ。そのニーズとは、自国経済の明白な弱点を克服しようとする中国当局の計画を知りたいというものだ。しかし、中国側の会議出席者の反応は鈍かった。

 残念なことだ。依然として脆弱な世界経済の現状を考えれば、この問題の重要性は極めて大きい。世界銀行は今年、中国のGDPの伸びが1ポイント低下すれば、世界経済の成長を0.5ポイント押し下げるという推定を公表している。IMFの世界経済見通しでは、15年の世界経済の成長率は3.3%にすぎない(今週発表されるIMFの改定値は、さらに下ぶれする公算が高い)。

 1週間後、習がワシントンからニューヨークへ向かってすぐ、私は有力な情報筋に接触し、探りを入れてみた。実際、世界の2大経済大国の2人の指導者の間で、中国経済の実情をめぐる活発で中身のあるやりとりはなかったようだ。

問題の核心は信頼の欠如

 では、オバマと習が会議の主要テーマにすべきだった最も重要な経済問題とは何か。第1に、中国の公式統計が信頼を欠いていることから、両首脳には中国指導部が事態の改善を目指して策定した経済政策の信頼性を高めるために何をすべきかを議論してほしかった。

 こう書くと地味に聞こえるかもしれないが、これ以上ないほど重要なテーマだ。信頼できる情報がなければ、適切な政策を立案することも、一般市民と市場から十分な支持を獲得することもできない。

 実際、当局が最も根本的なレベルで国民と外国人投資家の信頼を欠いていると、経済の破綻につながることがしばしばある。最近の数カ月間で、中国に対する国内外の信頼は急落した。
中国当局にとって、この反応は理解できないものだった。私は長年、多くの国でこのような事態を何度も目の当たりにしてきたが、この問題の深刻さをしっかりと認識している指導者は驚くほど少ない(新興国だけでなく、先進国でも同様だ)。実際、現在の中国指導部が直面している問題の核心にあるのが、この信頼性の欠如だ。

 第2に、中国の経済モデルはいくつかの矛盾をはらんでおり、中国の世界経済への統合が進むにつれて、矛盾の多くが浮き彫りになってきている。

 際立った矛盾の1つは、株式市場に対する中国政府の姿勢だ。この10年ほど中国政府は社会の幅広い層に株式投資を行わせようとしてきたが、中国の株式市場は「市場」とは名ばかりで、市場としての実質を十分に伴っているとは言えない。

 株式相場を下支えするために当局が露骨な介入を行えば、投資家たちに合理的な行動を取らせるインセンティブが機能しなくなる。極めて特殊な状況に限定して、破綻の危機に瀕している金融機関など個々の企業を個別に救済するのはまだしも、「大き過ぎてつぶせない」という理由で株式市場全体を救済しようという発想は、正当化できる余地がほとんどない。

 ところが、この点の線引きが明確になされていないために、投資家たちは、中国当局による救済を当てにして非合理なほどリスクの大きな投資に走る。その結果、中国の株式市場に対する信頼が大きく損なわれてしまっている。

世界経済最悪の悪夢とは

 これに輪を掛けて深刻な矛盾は、政府が消費主導の経済への転換を目標に掲げている一方で、現実には資本投資に回される資金の割合が増えていることだ。特に、慢性的に赤字を垂れ流している国有企業を支えるために莫大な資金がつぎ込まれている。

 中国指導部は、13年11月の中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)以来、市場が「資源の分配において決定的な役割」を担うべきだとの方針を繰り返し強調しているが、実際に取ってきた行動は正反対だ。中国のGDPに占める投資の割合は約46%で、10年以降まったく減っていない。

 ほぼコスト度外視で国有企業への依存度の高い経済を持続させようとする指導部の姿勢(国有企業に頼ることへの依存症状態と言ってもいいだろう)を、中国の国民は次第に受け入れ難いと感じ始めている。

 国有企業が非効率で競争力を欠いていることは、国民もよく分かっている。4大国有銀行が国有企業に「融資」を行い、その「返済」のために国有企業がさらに金を借りるという図式も、共産党や政府の幹部の汚職と無駄遣いが蔓延していることも、国民は知っている。

 この問題は、中国の政治と経済の骨組みに深刻な亀裂を生じさせる恐れがある最大のリスク要因だ。国内の社会不安にもつながりかねない。

 それは、中国指導部にとって、そして世界全体にとっても最悪の悪夢だ。中国社会が不安定化すれば、世界経済に及ぶ悪影響の大きさは、中国当局による通貨の切り下げや株式市場の混乱とは比べものにならない。

 中国経済が抱える問題を解決するために改革を実行することは、習にとって到底簡単なことではない。ほかの誰がリーダーだったとしても、それは極めて難しい課題だ。

 改革を成し遂げようと思えば、改革開放路線が導入されて以来、四半世紀以上かけて形作られてきた強力な既得権益の岩盤を解体しなくてはならない。習は、自らが中国経済の運命を決める力を持っているとアピールしたいようだが、現実がそんなに簡単でないことは本人がよく分かっているだろう。習はそういう難しい側面についてもっと語るべきだ。

 今回のオバマと習の首脳会談は、そのための絶好の機会になり得たはずなのだが。


[2015.10.13号掲載]
ハリー・ブロードマン(米ジョンズ・ホプキンズ大学上席研究員)

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