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米軍がアフガン駐留を続けざるを得ない事情 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2015年10月20日 16時15分

 先週会見したオバマ大統領は、2016年以降も、つまり17年に次期大統領が就任した後も、アフガニスタンへの米軍の駐留を5500人程度の規模で継続すると発表しました。

 イラク戦争と同じように、自分の任期中に米軍の完全撤退を実現すると約束していたオバマ大統領としては、挫折をした格好です。そうは言っても、政治的なダメージは大きくはないでしょう。

 まず、現在進行形の民主党の大統領候補予備選では、本命視されているヒラリー候補も、左派のサンダース候補も「イラク戦争は誤りだが、アフガン戦争は正しい」という立場ですから、いずれも大統領の判断とは矛盾しません。

 また、共和党の右派からも早速反応が出ており、基本的には支持するという姿勢です。例えば、大統領選へ向けた予備選で「タカ派パフォーマンス」で支持率をジリジリと上げているカーリー・フィオリーナ候補は「テロ防止のために米軍が屈服しないというのは正しい」という理由で駐留延長を支持していました。

 今回の駐留継続の背景として、公式には「タリバンの勢力が再度活発化しており、このままでは首都カブールが陥落してしまう」という懸念があり、これに加えて「タリバンだけでなく、ISIL勢力もアフガニスタンに入ってきており、このままでは再びテロリストの温床になってしまう」という指摘がされています。そうした事態を防止するために、米軍の撤退は難しいというのです。

 それでは逆に、5500人規模の兵力を継続して投入すれば、アフガンではタリバンとISILを圧倒して、米軍がサポートする中でカブールの政府軍による全国支配が可能になるのでしょうか?

 おそらく不可能でしょう。アフガニスタンでは今月で開戦から丸14年になりますが、戦争の特に後半は、米軍と政府軍としては「タリバンが強大化すれば敵対」しながらも、「無害化の兆候があれば和平も」という2つの方針の間で揺れながら、ジワジワとタリバンの勢力伸長を許してきたわけです。その状況をひっくり返すには、5500人では足りないでしょう。

 では、その不足を補うために再びNATOなどの有志連合が組織されて、戦闘を激化させる可能性があるのでしょうか? そして集団的自衛権を認めて関連法を成立させた日本の自衛隊が、危険な前線へと投入される可能性はどうなのでしょう?

 そうした激しい戦闘へと拡大する可能性は低いと思います。過去の戦闘を通じて、米軍も、そしてNATO軍も「地の利」のない自分たちには、大きな兵力を投入しても「80年代のソ連軍」のように大きな犠牲とともに惨敗する可能性があることを知っているからです。

 では、どうして駐留を継続させるのでしょうか?

 それは、米軍の士気を維持するには、それしかないからだと思います。

 アメリカでは、今年3月に公式に起訴された1つの軍事裁判が話題になっています。起訴されたのはボウ・バーグダールという兵士で、アフガン従軍中にタリバンに拘束されて5年間人質になった後に、2014年に釈放された人物です。

 バーグダールの釈放にあたって、オバマ政権はグアンタナモに収容していた5人のテロ容疑者を捕虜交換で引き渡しているのですが、そこまでの犠牲を払って身柄を奪還した一方で、バーグダールには疑惑が消せませんでした。というのは、任務遂行中に勝手に持ち場を離れて行方不明になり、そのままタリバンに拘束されたのが軍律違反ではないかというのです。

 軍事機密ということもあって真相は不明ですが、バーグダールに関しては、捕虜の交換をして奪還した以上は「英雄」だという見方と、「持ち場を勝手に離れた」のは「裏切り者」だという見方が交錯しているわけです。

 では、そうした事情がありながら、どうして捕虜奪還をしたのかというと、「捕虜になっても必ず奪還する」という例を見せないと前線の士気が保てないからです。一方で、「勝手に失踪した」ことに対して何らかの処罰をしないと軍律が保てません。そのジレンマの中で米軍は、この変わり者のバーグダールという兵士1人の処遇を決めかねるという妙な状況に陥っているのです。

 要するに、目的も、そして勝利の可能性も見えなくなる中で、アフガンの駐留米軍の士気は低下しているのです。そしてその士気が崩壊しないようにするには、1000人だけの駐留で孤立感を深めさせることはできない、そこで17年以降も5500人という決定になった、そうした見方をするのが妥当でしょう。

 決戦を挑むわけでも、大きく反転攻勢をかけるのでもない、とにかく現状を維持するための5500人ということです。そこに新たにNATO軍や自衛隊を加えて、タリバンやあるいはISILとの大規模な戦闘を挑むという判断にはならないでしょう。いわば「手詰まりの中の現状維持」なのです。

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