長く続くデフレの中で、値下げ圧力や過当競争により、低価格戦略を余儀なくされてきた店や会社は多いかもしれない。2017年4月には消費税率が10%に引き上げられるが、それで世の中が自動的にインフレに転じるとは限らないし、モノの値段が勝手に上がるわけでもない。
商品やサービスを売るビジネスの現場では、そう単純な話ではない。「個々の会社や店が意志を持って値段を上げ、それをお客さんに受け入れてもらうことが必要」だと、多くの中小・中堅企業を調査してきた経営コンサルタントの辻井啓作氏は言う。
辻井氏は著書『小さな会社・お店のための 値上げの技術』(CCCメディアハウス)で、デフレ・インフレに関係なく、経営者も従業員も取引先も顧客も幸せにできる手段として、値上げの必要性を説く。「1割の値上げができれば営業利益は2倍になる」「値段のしくみを知り、条件を整え、勇気を持って値上げせよ」と辻井氏。
これまで2回、本書から「値上げが中小企業を幸せにする四つの理由」を抜粋したが、それに続き「第2章 値下げの麻薬にはまっていませんか」から「低価格戦略の五つのリスク」の項を抜粋し、前後半に分けて掲載する。
<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>
『小さな会社・お店のための 値上げの技術』
辻井啓作 著
CCCメディアハウス
※値上げが中小企業を幸せにする4つの理由:前編はこちら
※値上げが中小企業を幸せにする4つの理由:後編はこちら
◇ ◇ ◇
ここで、値下げが常態化してしまうことがいかに恐ろしいか、その五つのリスクについて説明します。
前章で、値上げにより粗利を確保することがいかに営業利益率を高めるか、そのことによって、店や会社の社長だけでなく、社員とパート・アルバイト、取引先、場合によってはお客さんまでが幸せになることを説明しました。
値下げをするとその逆の効果が生じるのは、推測できると思います。しかし、実際にはそれだけでなく、一度の値下げが未来にわたって会社を蝕んでいく危険性すらあるのです。
では順に見ていきましょう。
1.粗利を損ねる
いうまでもなく、値下げは利益率を損ねます。値上げが劇的に営業利益率を高めるのと逆に、値下げは劇的に利益率を悪化させます。
もちろん値下げをしても、それによって売り上げが伸びれば、利益率はともかく、利益の額は確保できるので、一時的には業績が良くなったと感じることがあります。
伸びた売り上げがずっと続けば、それで問題はないのですが、中小規模の店や会社で値下げをした場合、たいていは数日、数週間、長くても数カ月で売り上げが元に戻り、利益率が悪化しただけの結果に終わります。場合によっては、売上数が元に戻り、値下げした分だけ売り上げが落ちたという笑えない話にもなりかねません。
どうして、こんなことが起こるのでしょうか。それは、ライバル店(ライバル会社)も競って値下げしてくるからです。
ある商品を値下げして、うまく売り上げが伸びたとすれば、それはライバル店の売り上げを奪ったからです。当然、ライバル店は売り上げを奪われ続けるわけにはいかないので、対抗して値下げをせざるを得ません。
値下げ自体は、値札の価格を書き換え、ちょっとしたPOP(商品につける掲示物)をつければすぐにできますから、ライバル店は売り上げが奪われたことを知ればすぐに対抗値下げをするでしょう。そうすると、値下げで売り上げを増やしたあなたの店の魅力はなくなり、売れる数は元に戻ってしまうのです。こうなってから、値段を元に戻そうとすると、今度はあなたの店の売り上げが奪われますから、戻すことはできなくなっています。
このように値下げは、一時的に売り上げを伸ばしても、すぐにまわりに伝わり、結果として利益率を低下させただけになってしまうのです。
2.商品や企業・店の価値(イメージ)を損ねる
値下げの怖さは、単に目先の利益率の悪化だけではありません。値下げが常態化することで、長期的に、店や会社の商品の価値を傷つけ、イメージを悪化させていくのです。
最近では100円均一の店舗が増えています。商品も数多く取り揃えられ、以前はあまり取り扱いがなかった食品なども売られるようになっています。ちょっとこの100円ショップの売り場を思い出して考えてみてください。あなたは、100円ショップで売っているとわかっている商品を、別の店で例えば150円出して買うでしょうか。おそらく買わないと思います。
もちろん、絶対に買わないわけではなく、ひょっとしたら買う場合もあるかもしれません。コンビニエンスストアや自動販売機で、割高だと知っていてジュースを買うような場合です。
でもその場合でも、100円均一の店で同じものが売っていることを知っていれば、何か損したような気分になるのではないでしょうか。その商品が100円で売れるものだと、つまり100円の価値だと知ってしまったのですから、損した気分になるのは当たり前です。
値下げをすることは、それまで150円だった商品が「100円でも売れる商品である」ことを知らせているのと同じことです。それを知った上で150円の店で買う人は、かなり少なくなることは間違いありません。
さらに恐ろしいのは、常に値下げしている状態が続くと、「あの店は値下げした安い商品だけを買うための店」とか、「あそこは言えば値引きしてくれる会社」というイメージを持たれてしまうのです。
これは何より恐ろしいことで、ひとたびイメージがつくと、初めて仕入れる新商品であっても値下げなしで売れなくなるのです。たとえ正価で売ろうとしても、「あそこはそのうち安売りするから、今は買わないでおこう」と思われてしまいます。もっとひどい場合には、「この商品についてはよく知らないけど、あそこで売ってるくらいだからきっと大したものじゃないに違いない」とまで思われる場合もあります。
つまり、お客さんから「安モノの店」と思われてしまうのです。
先日、私の知人が働いていた食品スーパーのある店舗が閉店しました。さすがに最終日には、いつもより多くのお客さんが訪れていたのですが、もうすぐ閉店時間という時にひとりのお客さんからクレームがあったそうです。
「いつも閉店時間の前になると、惣菜が50%引きになるのに、今日はまだ40%引きだ。早く割引しろ」というものでした。
長年にわたって地域で営業してきたスーパーが閉店するという日に、このクレーム。いかにこのスーパーが値引きだけの店と思われてきたかがわかります。それだけではないと思いますが、こうした点も閉店せざるを得なかった要因のひとつだったと思われます。
※値上げが中小企業にもたらす5つのリスク:後編はこちら
商品やサービスを売るビジネスの現場では、そう単純な話ではない。「個々の会社や店が意志を持って値段を上げ、それをお客さんに受け入れてもらうことが必要」だと、多くの中小・中堅企業を調査してきた経営コンサルタントの辻井啓作氏は言う。
辻井氏は著書『小さな会社・お店のための 値上げの技術』(CCCメディアハウス)で、デフレ・インフレに関係なく、経営者も従業員も取引先も顧客も幸せにできる手段として、値上げの必要性を説く。「1割の値上げができれば営業利益は2倍になる」「値段のしくみを知り、条件を整え、勇気を持って値上げせよ」と辻井氏。
これまで2回、本書から「値上げが中小企業を幸せにする四つの理由」を抜粋したが、それに続き「第2章 値下げの麻薬にはまっていませんか」から「低価格戦略の五つのリスク」の項を抜粋し、前後半に分けて掲載する。
<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>
『小さな会社・お店のための 値上げの技術』
辻井啓作 著
CCCメディアハウス
※値上げが中小企業を幸せにする4つの理由:前編はこちら
※値上げが中小企業を幸せにする4つの理由:後編はこちら
◇ ◇ ◇
ここで、値下げが常態化してしまうことがいかに恐ろしいか、その五つのリスクについて説明します。
前章で、値上げにより粗利を確保することがいかに営業利益率を高めるか、そのことによって、店や会社の社長だけでなく、社員とパート・アルバイト、取引先、場合によってはお客さんまでが幸せになることを説明しました。
値下げをするとその逆の効果が生じるのは、推測できると思います。しかし、実際にはそれだけでなく、一度の値下げが未来にわたって会社を蝕んでいく危険性すらあるのです。
では順に見ていきましょう。
1.粗利を損ねる
いうまでもなく、値下げは利益率を損ねます。値上げが劇的に営業利益率を高めるのと逆に、値下げは劇的に利益率を悪化させます。
もちろん値下げをしても、それによって売り上げが伸びれば、利益率はともかく、利益の額は確保できるので、一時的には業績が良くなったと感じることがあります。
伸びた売り上げがずっと続けば、それで問題はないのですが、中小規模の店や会社で値下げをした場合、たいていは数日、数週間、長くても数カ月で売り上げが元に戻り、利益率が悪化しただけの結果に終わります。場合によっては、売上数が元に戻り、値下げした分だけ売り上げが落ちたという笑えない話にもなりかねません。
どうして、こんなことが起こるのでしょうか。それは、ライバル店(ライバル会社)も競って値下げしてくるからです。
ある商品を値下げして、うまく売り上げが伸びたとすれば、それはライバル店の売り上げを奪ったからです。当然、ライバル店は売り上げを奪われ続けるわけにはいかないので、対抗して値下げをせざるを得ません。
値下げ自体は、値札の価格を書き換え、ちょっとしたPOP(商品につける掲示物)をつければすぐにできますから、ライバル店は売り上げが奪われたことを知ればすぐに対抗値下げをするでしょう。そうすると、値下げで売り上げを増やしたあなたの店の魅力はなくなり、売れる数は元に戻ってしまうのです。こうなってから、値段を元に戻そうとすると、今度はあなたの店の売り上げが奪われますから、戻すことはできなくなっています。
このように値下げは、一時的に売り上げを伸ばしても、すぐにまわりに伝わり、結果として利益率を低下させただけになってしまうのです。
2.商品や企業・店の価値(イメージ)を損ねる
値下げの怖さは、単に目先の利益率の悪化だけではありません。値下げが常態化することで、長期的に、店や会社の商品の価値を傷つけ、イメージを悪化させていくのです。
最近では100円均一の店舗が増えています。商品も数多く取り揃えられ、以前はあまり取り扱いがなかった食品なども売られるようになっています。ちょっとこの100円ショップの売り場を思い出して考えてみてください。あなたは、100円ショップで売っているとわかっている商品を、別の店で例えば150円出して買うでしょうか。おそらく買わないと思います。
もちろん、絶対に買わないわけではなく、ひょっとしたら買う場合もあるかもしれません。コンビニエンスストアや自動販売機で、割高だと知っていてジュースを買うような場合です。
でもその場合でも、100円均一の店で同じものが売っていることを知っていれば、何か損したような気分になるのではないでしょうか。その商品が100円で売れるものだと、つまり100円の価値だと知ってしまったのですから、損した気分になるのは当たり前です。
値下げをすることは、それまで150円だった商品が「100円でも売れる商品である」ことを知らせているのと同じことです。それを知った上で150円の店で買う人は、かなり少なくなることは間違いありません。
さらに恐ろしいのは、常に値下げしている状態が続くと、「あの店は値下げした安い商品だけを買うための店」とか、「あそこは言えば値引きしてくれる会社」というイメージを持たれてしまうのです。
これは何より恐ろしいことで、ひとたびイメージがつくと、初めて仕入れる新商品であっても値下げなしで売れなくなるのです。たとえ正価で売ろうとしても、「あそこはそのうち安売りするから、今は買わないでおこう」と思われてしまいます。もっとひどい場合には、「この商品についてはよく知らないけど、あそこで売ってるくらいだからきっと大したものじゃないに違いない」とまで思われる場合もあります。
つまり、お客さんから「安モノの店」と思われてしまうのです。
先日、私の知人が働いていた食品スーパーのある店舗が閉店しました。さすがに最終日には、いつもより多くのお客さんが訪れていたのですが、もうすぐ閉店時間という時にひとりのお客さんからクレームがあったそうです。
「いつも閉店時間の前になると、惣菜が50%引きになるのに、今日はまだ40%引きだ。早く割引しろ」というものでした。
長年にわたって地域で営業してきたスーパーが閉店するという日に、このクレーム。いかにこのスーパーが値引きだけの店と思われてきたかがわかります。それだけではないと思いますが、こうした点も閉店せざるを得なかった要因のひとつだったと思われます。
※値上げが中小企業にもたらす5つのリスク:後編はこちら