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「働きやすい制度」が生産性を下げてしまう理由

ニューズウィーク日本版 2015年10月28日 11時43分

 遠足バスを手配し忘れ、ミスの発覚を恐れて狂言騒動を起こした大手旅行会社の社員。コンペにより選ばれた大会エンブレムのデザインが盗作だと非難され、撤回した著名デザイナー。ネットの機械翻訳そのままであるかのような原稿に気づかず、翻訳書を出版した出版社の編集者......。

 産業の空洞化が日本経済の問題としてよく指摘されるが、それ以上に、ビジネスパーソン1人ひとりの「スキルの空洞化」のほうが実は深刻だと、コンサルタントで日本タイムマネジメント普及協会理事長の行本明説氏は言う。

 ジョブローテーションから組織のフラット化、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)、ノー残業デーまで、日本にはびこる「間違いだらけのマネジメント」が、現場のスキルを空洞化させていると訴える行本氏。

 行本氏は新刊『ワーク・コントロール 仕事に振りまわされないための[スマートマネジメント]』(CCCメディアハウス)で、データと理論に基づいてその間違いを正し、ホワイトカラーの生産性を劇的に上げる新しいマネジメントモデルを提唱している。ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。

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『ワーク・コントロール
 ――仕事に振りまわされないための[スマートマネジメント]』
 行本明説 著
 CCCメディアハウス


◇ ◇ ◇

「働きやすい制度」が生産性向上の阻害要因

 フレックスタイム制は、労使協定にもとづき、出社・退社の時刻を従業員が自主的に決めるという制度です。

 働き方の多様化や裁量労働の名のもとに導入されましたが、これも思ったほど成果があがっていないようです。厚生労働省の資料によれば、フレックスタイム制を導入する企業は、2010年をピークに年々減少しています。

 数年前、ある会社が試験的にフレックスタイム制を廃止したところ、それまで業績で追いつけなかったライバル会社をはじめて打ち負かしたというケースもあります。

 しかし、いまも多くの会社でフレックスタイム制が導入されているのも事実です。いったん導入した制度を廃止することは、企業規模が大きくなればなるほど難しいようです。

 フレックスタイム制は、従業員のモチベーションを高め、生産性向上に寄与すると期待されていましたが、その期待が裏切られただけでなく、さまざまな弊害が出ています。

 たとえば、同じ作業を複数の社員が同時にやってムダが生じたり、仕事の進捗状況が把握できないため業務の遂行に支障が出たりしています。また、従業員のストレスが増大したり、職場の人間関係がギクシャクしたりすることもあります。

 フレックスタイム制を突き詰めていけば、各自が勝手気ままに仕事をし、ついには組織の体をなさなくなるかもしれません。

 どうして、こんなことになるのでしょうか?

 それは一言でいえば、フレックスタイム制のもとでは職場でのコミュニケーションが十分とれないからです。かつて当協会が実施した調査でも、フレックスタイム制を導入した企業でコミュニケーションの齟齬や業務効率の悪さが目立ち、その従業員のストレス度が高くなっていました。



 フレックスタイム制を採用しても、コアタイム(必ず勤務しなければいけない時間帯)を設けていれば問題ないのではないかという議論もありますが、ここに大きな落とし穴があります。

 じつは先に触れたように、仕事の60%以上がコミュニケーション絡みなのです。

 前項で述べたように、仕事を「業務処理」と「情報処理」で分けると、情報処理がコミュニケーション絡みの仕事です。

 さらにいえば、書類作成やパソコン入力などの「自分ひとりでやる仕事」が業務処理、会議や商談などの「他人と共同でやる仕事」が情報処理、と分類することができます。

 そして、この2つの仕事への投下時間を調査すると、業種、業態、企業規模にかかわらず、各社がおおむね4対6の割合になります。

 つまり、全体の6割を占めるコミュニケーション絡みの仕事をたった2〜3時間のコアタイムでこなそうというのは、どだい無理な話なのです。

 また、フレックスタイム制を安易に導入すると、従業員のコミュニケーションが寸断され、孤立感が深まります。ストレスが増大しても、なんら不思議ではありません。

 このようなフレックスタイム制の欠点は、仕事を「自分ひとりでやる」場面と、「他人と共同でやる」場面に分けて考えることで明確になります。また、そうした視点をもっていれば、フレックスタイム制の欠点をカバーする方法も見つかります。

 フレックスタイムは、裁量労働のひとつとして位置づけられてもいますが、そもそもこの裁量労働は極めて怪しく、危険です。

「仕事のしくみ」から見れば、私たちの仕事の60%以上はコミュニケーション絡みで成り立っています。つまり、自己責任の部分は40%しかないということでもあります。

 また、仕事の60%以上がコミュニケーション絡みであれば、「仕事を速くする」とは「コミュニケーションを速くする」と言い換えることも可能です。

 ところが、フレックスタイムを導入している企業では、朝一番でコミュニケーションをしたくても相手がいないため、後手に回る危険性が高くなります。それが業績の足を引っ張ることになっていると、私は強く感じています。

※抜粋第2回:フレックスタイム制をうまく機能させる方法 はこちら

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