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海賊版天国だった中国が『孤独のグルメ』をリメイクするまで

ニューズウィーク日本版 2015年10月30日 11時13分

 日本ではインターネットの動画配信サービスが変革期を迎えつつある。米大手ネットフリックスの日本進出、在京民放5社による番組配信サービスTVerのスタート、さらにYouTubeの有料サービスも日本展開が近いと伝えられる。動画配信サービスの変化は世界的な潮流だ。

 日本同様、世界からは切り離されていた中国も今、大きな変化を迎えており、しかもそのスピードは日本をはるかに上回る。変化を引き起こしたのは、無料の海賊版という強すぎるコンテンツによる圧力だ。

日本アニメ進出の唯一の窓となった動画配信

 アジアITライターの山谷剛史氏は中国のインターネットの現状を「ネット鎖国」だと評している。グレート・ファイヤー・ウォール(GFW)と呼ばれる検閲システムによって、YouTubeやTwitter、Facebookなどの海外サービスを利用できなくすると同時に、似たような国産サービスを普及させることによって、世界とはまったく違う中国独自のネット世界を構築しているという意味だ。

 グーグルの代わりに百度、Twitterの代わりに微博、Facebookの代わりにQQ空間、eBayの代わりにアリババ......と世界的なサービスのほとんどに代替サービスが存在する。そして中国版YouTubeとして誕生したのが優酷と土豆網だった。YouTubeの創設が2005年。同年に土豆網が、その1年後には優酷が誕生している。両サイトを中心とする動画配信サイトの隆盛により、中国は海賊版DVDの時代から海賊版配信の時代へと大きく転換した。

 2010年代に入ると、動画配信サイト業界では、権利を正式に取得した正規版配信が新たなトレンドとなる。海賊版も存在しているが、権利を取得した配信サイトが海賊版を潰して回るという動きが広がり、一定の抑止がかかったことは事実だ。

 この流れは日本にも大きな影響を与えている。2011年には土豆網が『NARUTO‐ナルト‐』や『BLEACH』などの人気アニメの配信権を取得した。日本での放送とほぼ同時に高画質の正規版が中国語の字幕付きで見られるサービスは人気を集め、現在では日本で放映されているアニメ番組の大半が正規配信されるにいたった。中国では検閲に加え、海外番組の輸入規制やテレビ放映規制が厳しく、日本のコンテンツをテレビで流すことはきわめて困難だ。動画配信は日本コンテンツの中国進出にとってほぼ唯一のルートとなった。

YouTubeになれなかった優酷土豆

 テレビ局や映画会社の抵抗が強く、ネット配信がなかなか広がらなかった日本と比べ、「正規版を流さなければ海賊版が流れるだけ」という中国では動画配信はより急速に普及していった。

 しかしながら業界の盛り上がりが優酷、土豆網という先駆者の成功にそのままつながらなかったところが面白いポイントだ。動画というデータ容量の多いコンテンツを扱うだけに帯域コストの負担が大きいこと、2010年代以降は版権取得コストがかさんだことが経営の足を引っ張った。

 また新規参入者が次々と登場したことも響いた。検索大手・百度が創設した愛奇芸は海賊版コンテンツを排した、正規配信だけの高品質サイトとして人気を博した。膨大な作品の配信権を押さえた楽視網も急成長。スマートフォンメーカーとして台頭したシャオミも独自のコンテンツ配信サービスを展開した。

 さらには正規版配信の流れなどなんのそのと海賊版コンテンツ見放題の中小サイトも次々とあらわれる。先日、中国共産党中央ネット安全・情報化領導グループ弁公室と国家新聞出版広電総局が違法動画配信アプリのリストを公開したが、その数はなんと81に及んでいる。リストには違法とされた理由も附記されているが、中国国内での放送許可を得られていない映画やドラマを流すだけではなく、ベトナムやタイのニュース番組のライブ中継、アラビア語チャンネルのストリーミングなどなど、中国の海賊版動画配信業界がきわめて広範なコンテンツに及んでいることがみてとれる。

 こうした中、優酷と土豆網は2012年に合併し優酷土豆が誕生する。それでも巻き返しはならず、2014年4月にはアリババが出資。そして2015年10月16日、アリババが全株式の買収を提案。優酷土豆の経営陣も同意していることから、独自の道を摸索してきた中国動画配信サイトの巨頭がアリババの完全子会社となることが決定的となった。

今も海賊版(と検閲)の問題が動画配信業界を苦しめる

 アリババによる優酷土豆の買収は、中国の動画配信サービスが正規版配信に続く、大きな転機を迎えたことを象徴しているように見える。その新たなトレンドとは、ネットオリジナル番組の制作だ。

 アリババは傘下に映画制作会社を保有しており、今後は優酷土豆との連携が有力視される。正規配信の雄、愛奇芸も独自番組の制作を始めており、日本のドラマ『世にも奇妙な物語』をリメイクした『不可思議的夏天』を制作している。アリババ・優酷土豆もドラマ『孤独のグルメ』のリメイク『孤独的美食家』を今年放送した。

『孤独のグルメ』のリメイク『孤独的美食家』の予告編


 ネットのオリジナルドラマでは、アメリカのネットフリックスやHuluが先行している。YouTubeも来年から独自コンテンツ制作を始めることが発表された。独自の進化を遂げてきた中国の動画配信サービスだが、米国発の潮流に合致した動きを見せている。世界的潮流へのキャッチアップやサービスの利便性において、日本と比べて中国ははるかに先行している。

 その一方で、いかにして収益を確保するかはいまだに未知数だ。例えばネットフリックスのような定額配信サービスだが、中国でも、インターネットテレビやセットトップボックスとのセット売りという形式で年数千円程度の会員権を販売する動きは始まっている。ただしこれはあくまで機器本体の価格込みだからできること。契約期間終了後にどれだけのユーザーが更新するかは未知数だ。正規版配信がトレンドになった後も、コンテンツは無料という海賊版が築いた価値観は残っている。大手はともかく、中小のサイトはいまだに海賊版を配信しており、有料化すればどれだけのユーザーが流出するかわからない。オリジナルコンテンツ制作という世界的潮流に乗っかる一方で、無料広告モデルを脱した課金ビジネスモデルの構築という面では大きく遅れをとっている。

 また中国ならではの政治と検閲という課題も動画配信業界に大きな影響を与えている。日本アニメと同様、米国ドラマや韓流ドラマも母国での放送と同時のネット配信が許されていたが、今春から事実上不可能となった。配信にあたっては放映許可を取得する必要があるが、許可を得るためには作品が完結していることが条件となるためだ。現在ではアニメは対象外だが、もし規制対象に指定された場合、日本アニメが中国市場に進出するルートは閉ざされることになるだろう。完結後に許可を取得して配信することは論理的には可能だが、熱心なアニメファンは待つことができずに海賊版を見ることは間違いない。

 正規版配信、オリジナルコンテンツ制作と邁進する中国動画配信業界。しかし海賊版の影はいまだに消えていない。今後も海賊版という強烈な圧力にさらされながら進むこととなるだろう。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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