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中台トップ会談――軍事パレードによる威嚇も効果なく

ニューズウィーク日本版 2015年11月5日 16時30分

 7日、習近平国家主席と馬英九総統がシンガポールで会談する。1949年に中華人民共和国が誕生して以来、中台トップ会談は初めてだ。9月3日の軍事パレードでも十分な効果を発揮できなかった習近平の焦りと国民党消滅危機がある。

来年の総統選挙で民進党が優勢

 来年の台湾における総統選挙において、独立傾向の強い民進党の蔡英文氏が圧倒的にリードしている。その理由に関しては10月9日付の本コラム「台湾・蔡英文氏訪日と親中・親日をめぐる闘い」で書いたように、台湾国民は北京寄りの馬英九政権に見切りをつけているからだ。

 香港統治において「一国二制度」を実施し、それがいかに素晴らしいか、いかに北京が香港の自治を守っているかを台湾に見せて、やがて台湾を「一国二制度」で統一しようともくろんでいた。

 しかし香港の自治は守られず、若者たちが中心になって雨傘革命を起こした。

 台湾でも若者が立法院を選挙するという「ひまわり運動」が起きて、北京寄りのサービス貿易協定を阻止することに成功している。昨年末の台湾の統一地方選挙でも、民進党が圧勝した。

 国民の多くが中国共産党の一党支配体制を嫌い、そこから逃れようとしているからだ。

 しかし北京政府にとっては、台湾はまだ「未解放」の「中国の一部」であって、第二次世界大戦終戦から1949年10月1日に中華人民共和国が誕生するまでの間に戦われた「国共内戦(国民党と共産党の間の内戦)」が終わってないのである(解放というのは、中国人民解放軍が占拠し制圧することを指している)。台湾はソ連の海軍や空軍の支援をもらって解放すればいいとして、先に中華人民共和国誕生を宣言してしまったのである。1950年に起きた朝鮮戦争で、その望みは断たれ、今日に至っている。

 だから、北京政府にとって、「台湾解放」というのは、いかなる問題よりも優先される最も大きな国家の課題だ。宿願である。

 今では「台湾統一」という言葉を使っているが、その統一が、民進党の圧勝によって遠のこうとしている。

 これは、国家の命運にかけても許されないことである。

軍事パレードは台湾に見せるためのもの

 だから今年9月3日に、習近平政権は異様なほどの力を入れた軍事パレードを行なった。万一にも台湾が独立を選ぶようなことがあったら、2005年に制定した反国家分裂法を発動させるぞ、という威嚇を台湾国民に与えるためだ。これに関しては8月13日付の本コラム「中国の軍事パレードは台湾への威嚇」で詳述した。中国のこの「心」に関しては、中国政府関係者から直接聞いており、それがいままさに現実のものとなっているのである。

 なぜなら、ここまでして威嚇したのに、台湾国民は逆の方向に動き始めたからだ。軍事パレードの脅しは効果を発揮しなかった。

 特に国民党が総統候補として立てていた洪秀柱氏(67歳、女性。立法院副院長)が、タブーとされていた「統一問題」に言及してからは、国民党はガタガタと崩れ始めた。洪秀柱氏は、「中華民国の憲法から言っても、台湾は最終的には(大陸と)統一しなければならない」などと発言し不評を買ったからだ。

 そこで、10月7日、国民党は次期総統候補として洪秀柱氏を立てないで、国民党の朱立倫主席に立候補することを決めた。

 この迷走がさらに国民党離れを台湾国民に促し、民進党の蔡英文候補の総統当選は、ほぼ確実になりつつある。

シンガポールを選んだわけ――「92コンセンサス」

 そこで、習近平は7日にシンガポールを訪問して、馬英九総統と会談することを決定した。

 シンガポールを選んだのは、1993年に初めて両岸(中台)代表が「92コンセンサス」に沿った会談を行なった場所だからである。

「92コンセンサス」とは「一つの中国」を共通認識として、独立を主張せず、互いに経済文化交流を促進していこうという主張である。この「中国」に関する定義は、大陸と台湾が各自イメージすればいいということになっている。

「92コンセンサス」による「両岸平和統一」を宿願としている北京政府は、そのスタート地点であったシンガポールを、1949年以来、66年ぶりの「両岸トップ」の会談場所に選んだわけだ。

 したがって話し合う内容は「92コンセンサス」の再確認と、大陸の対台湾経済支援といったところだろう。

 経済に関して大陸を頼るしかない方向に台湾を引き込んできた北京政府としては、ここでもまた「チャイナ・マネー」による力を発揮させようとしている。

 しかしチャイナ・マネーによる効果は、どこまであるだろうか?

 台湾国民は、特に若者は、「銭」よりも「尊厳」を求めているのだ。特に大陸と関係なく台湾で生まれ育った若者たちの「本土意識」は強い。

今のうちにトップ会談のメカニズムを創る

 もう一つの習近平側の目的は、北京政府寄りの馬英九政権の間に、早いとこ、「トップ会談の枠組み」を作ってしまおうという魂胆もある。

 民進党の蔡英文が総統になってしまえば、彼女は「習近平とは会わない」と、会談を拒絶するだろう。だから、どの党の誰が総統になっても、日中韓首脳会談のような「枠組み」に填め込んでしまおうという思惑がある。なんとしてでも、独立の方向には行かせない。

 そのための戦略だ。

 2014年の北京APECの際に、馬英九が北京に行き習近平と会いたいと希望を伝えたが、習近平はそれを拒絶していた。なぜなら「大陸と台湾」は「国内問題」であり、国際会議であるAPECのときに会うのは不適切だと判断したからである。

 その意味では、「中台首脳会談」などという表現をするのは適切でないことになろう。

 台湾の総統は、どこかの「国家の首脳」ではないのである。
だらか、今回は互いに相手を「先生」と呼ぶことにしている。中国には、日本語の敬称「~さん」に相当する言葉はない。せいぜい、「先生」と言うしかない。

 そこまで細心の工夫がなされているので、日本のメディアは「中台首脳会談」と表現しないように、気をつけなければならない。「一つの中国」を認めないのなら、また話は別だが......。

 日本の一部のメディアでは、南シナ海問題で中国は強硬姿勢を取っているが、台湾に関しては柔軟路線に転換したのだろうといった、かなり見当違いの報道をしているが、このようなことを言っていたのでは、またしても中国の戦略を見誤る。国共内戦を現場で経験した者として、注意を喚起したい。

[執筆者]
遠藤 誉

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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