先月31日に発生したロシア機の事故に関しては、事故説とテロ説が錯綜する中で、そこに各国の思惑が入り乱れた格好となっています。事故を起こしたのは、エジプトのシナイ半島にあるリゾート地シャルムエルシェイクから、ロシアのサンクトペテルブルクに向かっていたコガリムアビア航空(ブランドネームはメトロジェット)9268便のエアバスA321機でした。
シナイ半島の南端にあるリゾート地のシャルムエルシェイクから、イスラエル領空を避けるように三角形の半島を北北西方向に上がって、地中海から黒海を目指すフライトプランが出ていたようですが、巡航高度に達して半島を2分の1ほど縦断した時点で急降下し墜落。乗客乗員は224名は全員死亡しています。そのほとんどがロシア人でした。
この事故ですが、事故の直後からISILの一部から「2回の犯行声明」が出されており、アメリカのテレビではテロの疑いが濃厚という報道がされています。アメリカだけでなく、イギリスも諜報機関などの分析としてISILのテロ説を唱えており、アメリカに同調しています。
一方で、当事者のロシア、そして事故現場となったエジプトは基本的に「テロ説」には慎重です。
まず、事故機は就役して18年と機齢がかなり進んでいる上に、俗に言う「尻もち事故」の経歴もある機体でした。ですから、何らかのトラブルが発生して墜落したという可能性は排除できないということがあります。また、ロシア側としては、子ども25人を含む家族連れの多くが犠牲となった今回の事故は大変に悲劇的であり、遺族感情としてテロを疑うことへの抵抗感もあるようです。
エジプトに関しては、仮にテロだとすると、2014年6月に発足したシシ政権の治安維持能力に疑問が持たれる可能性があります。また、何よりもドル箱であるリゾート地のシャルムエルシェイクに関して、2005年の爆弾テロで傷ついたイメージが回復していた中で、ここであらためて治安の悪さを指摘されるのはエジプト経済として避けたいところでしょう。
さらに言えば、シシ政権というのは、ムスリム同胞団系のムルシー政権をクーデターで打倒し、経済活動の活性化、イスラエルとの関係修復などを進めていますが、では「西側」かというと、必ずしもそうではないわけです。中ロとの関係を強化して、上海協力機構にも加盟するなど、綱渡り的なバランス感覚を持った政権であり、政治的な思惑としてはロシアに協調しているという見方もしておく必要があります。
反対に、米英としてはISILに対する警戒心が強いために、ISILの犯行声明にはどうしても敏感になります。また、その奥には「本当にISILのテロであるのなら、シリア問題でロシアとの協調の可能性が出てくる」という計算もありそうです。
真犯人がISILであり、ロシアが本気でISILの凶悪性を認識すれば、シリア領内での「敵をISILだけに定めて」くれるかもしれない、そんな思惑です。その上で、自由シリア軍とロシアの緊張緩和、アサド大統領の「退場シナリオ」と「国際社会がのめるアサド後継政権づくり」への協調という流れが描ければ御の字というわけです。
アメリカは、例えばチェチェンの問題でプーチン大統領が「テロの被害者としての正義」を思い切り政治的求心力に使ったことには懐疑的です。ですが、シリア情勢がここまで混沌としている以上、場合によっては「サリン使用疑惑」の際にロシアにアサドとの仲介をさせたドラマの再現として、今度は「共にISILだけを敵と定める」戦略にロシアを乗せるためには、ロシアが「テロの被害者」であれば好都合というような計算を描いているように見えます。
そのアメリカは、オバマ大統領が「50人の精鋭地上部隊を軍事顧問としてシリア領内の対ISIL作戦に送る」という決定をしていますが、こちらに関しては、世論は疑いの目で見ています。アフガンとイラクの失敗に懲りているアメリカ世論は、ここでアメリカがシリアでの新たな地上戦闘に巻き込まれるのには拒絶反応があるのです。
この「50人の派兵」に関しては、オバマ政権には議会民主党からも疑問が突きつけられているのが現状です。ですからオバマ政権としては、仮にロシアが「自由シリア軍を叩いているのでは?」というような妙な動きを止めて、スッキリと対ISIL作戦に集中してくれると同時に、「アサド政権の幕引き」に協力してくれれば、そうした国内からの批判をかわせると考えているかもしれません。
そんな中、イギリスとアメリカのテロ対策の評論家たち、そして両国の保守系のタブロイド新聞などは「ISILの爆弾テロ」という説を連日主張しています。事故の発生が高度1万メートルの巡航高度であって、ISILの地対空砲では届かないことから、「何者かが爆弾を持ち込んだ」という説が中心となっています。
そうではあるのですが、今週のCNNでは「手荷物の可能性は低いので、機内食の納入業者や機内清掃の業者を疑うべきだ」という、かなり信憑性の怪しい話も飛び交っており、現時点では決め手に欠ける印象です。一方で、欧州の航空会社を中心に旅客機のシナイ半島上空の飛行を回避する動きも出てきていますが、回避対象空域に関しては航空会社によりマチマチで、かなり狭いエリアに限定しているケースもあるようです。
今週5日、鍵を握るエジプトのシシ大統領はロンドンを訪れていますが、テロ説を唱えるキャメロン首相との「溝」は埋まっていません。一方で、アメリカのオバマ大統領は「テロ説は排除できない」という声明を自分から出すなど、綱引きが続いています。
今後このニュースの展開によっては、シリア情勢にも影響が出る可能性があります。当面は、ロシア・エジプトと米英は平行線をたどりそうですが、事態の進展に注目したいと思います。
シナイ半島の南端にあるリゾート地のシャルムエルシェイクから、イスラエル領空を避けるように三角形の半島を北北西方向に上がって、地中海から黒海を目指すフライトプランが出ていたようですが、巡航高度に達して半島を2分の1ほど縦断した時点で急降下し墜落。乗客乗員は224名は全員死亡しています。そのほとんどがロシア人でした。
この事故ですが、事故の直後からISILの一部から「2回の犯行声明」が出されており、アメリカのテレビではテロの疑いが濃厚という報道がされています。アメリカだけでなく、イギリスも諜報機関などの分析としてISILのテロ説を唱えており、アメリカに同調しています。
一方で、当事者のロシア、そして事故現場となったエジプトは基本的に「テロ説」には慎重です。
まず、事故機は就役して18年と機齢がかなり進んでいる上に、俗に言う「尻もち事故」の経歴もある機体でした。ですから、何らかのトラブルが発生して墜落したという可能性は排除できないということがあります。また、ロシア側としては、子ども25人を含む家族連れの多くが犠牲となった今回の事故は大変に悲劇的であり、遺族感情としてテロを疑うことへの抵抗感もあるようです。
エジプトに関しては、仮にテロだとすると、2014年6月に発足したシシ政権の治安維持能力に疑問が持たれる可能性があります。また、何よりもドル箱であるリゾート地のシャルムエルシェイクに関して、2005年の爆弾テロで傷ついたイメージが回復していた中で、ここであらためて治安の悪さを指摘されるのはエジプト経済として避けたいところでしょう。
さらに言えば、シシ政権というのは、ムスリム同胞団系のムルシー政権をクーデターで打倒し、経済活動の活性化、イスラエルとの関係修復などを進めていますが、では「西側」かというと、必ずしもそうではないわけです。中ロとの関係を強化して、上海協力機構にも加盟するなど、綱渡り的なバランス感覚を持った政権であり、政治的な思惑としてはロシアに協調しているという見方もしておく必要があります。
反対に、米英としてはISILに対する警戒心が強いために、ISILの犯行声明にはどうしても敏感になります。また、その奥には「本当にISILのテロであるのなら、シリア問題でロシアとの協調の可能性が出てくる」という計算もありそうです。
真犯人がISILであり、ロシアが本気でISILの凶悪性を認識すれば、シリア領内での「敵をISILだけに定めて」くれるかもしれない、そんな思惑です。その上で、自由シリア軍とロシアの緊張緩和、アサド大統領の「退場シナリオ」と「国際社会がのめるアサド後継政権づくり」への協調という流れが描ければ御の字というわけです。
アメリカは、例えばチェチェンの問題でプーチン大統領が「テロの被害者としての正義」を思い切り政治的求心力に使ったことには懐疑的です。ですが、シリア情勢がここまで混沌としている以上、場合によっては「サリン使用疑惑」の際にロシアにアサドとの仲介をさせたドラマの再現として、今度は「共にISILだけを敵と定める」戦略にロシアを乗せるためには、ロシアが「テロの被害者」であれば好都合というような計算を描いているように見えます。
そのアメリカは、オバマ大統領が「50人の精鋭地上部隊を軍事顧問としてシリア領内の対ISIL作戦に送る」という決定をしていますが、こちらに関しては、世論は疑いの目で見ています。アフガンとイラクの失敗に懲りているアメリカ世論は、ここでアメリカがシリアでの新たな地上戦闘に巻き込まれるのには拒絶反応があるのです。
この「50人の派兵」に関しては、オバマ政権には議会民主党からも疑問が突きつけられているのが現状です。ですからオバマ政権としては、仮にロシアが「自由シリア軍を叩いているのでは?」というような妙な動きを止めて、スッキリと対ISIL作戦に集中してくれると同時に、「アサド政権の幕引き」に協力してくれれば、そうした国内からの批判をかわせると考えているかもしれません。
そんな中、イギリスとアメリカのテロ対策の評論家たち、そして両国の保守系のタブロイド新聞などは「ISILの爆弾テロ」という説を連日主張しています。事故の発生が高度1万メートルの巡航高度であって、ISILの地対空砲では届かないことから、「何者かが爆弾を持ち込んだ」という説が中心となっています。
そうではあるのですが、今週のCNNでは「手荷物の可能性は低いので、機内食の納入業者や機内清掃の業者を疑うべきだ」という、かなり信憑性の怪しい話も飛び交っており、現時点では決め手に欠ける印象です。一方で、欧州の航空会社を中心に旅客機のシナイ半島上空の飛行を回避する動きも出てきていますが、回避対象空域に関しては航空会社によりマチマチで、かなり狭いエリアに限定しているケースもあるようです。
今週5日、鍵を握るエジプトのシシ大統領はロンドンを訪れていますが、テロ説を唱えるキャメロン首相との「溝」は埋まっていません。一方で、アメリカのオバマ大統領は「テロ説は排除できない」という声明を自分から出すなど、綱引きが続いています。
今後このニュースの展開によっては、シリア情勢にも影響が出る可能性があります。当面は、ロシア・エジプトと米英は平行線をたどりそうですが、事態の進展に注目したいと思います。