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脳を健康にするという「地中海食」は本当に効果があるか

ニューズウィーク日本版 2015年11月10日 18時16分

「大人になると神経細胞は再生しない」――最近までそう信じられていた。脳の機能は年齢とともに低下するばかりだと。ところが近年、生きている脳の活動を「見る」ことができる技術が登場し、脳科学が飛躍的に発展。「脳は鍛えることができる」という発見が広まった。

 日本では2005年に「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(脳トレ)がブームになり、アメリカでも2007年にPBS(公共放送)で「ザ・ブレインフィットネス・プログラム」というスペシャル番組が放送されるなどして、脳トレーニングの関連市場が立ち上がった。ちなみに「脳トレ」は、米欧や韓国などでも発売されている。

 その後、さまざまな報道や研究発表、商業的な主張が入り乱れ、混乱と誤解が広まったのも事実だ。それでも、「脳は鍛えることができる」あるいは「脳の活性化に好ましい習慣や行動がある」といった点については、一般に認められるようになったと言えるだろう。

 そうした「ブレインフィットネス」分野の最新の知見をまとめたのが、『脳を最適化する――ブレインフィットネス完全ガイド』(山田雅久訳、CCCメディアハウス)だ。神経科学における健康管理と教育手法を専門とするマーケットリサーチ会社、シャープブレインズの最高経営責任者であるアルバロ・フェルナンデスと、同社の最高科学顧問エルコノン・ゴールドバーグ、そして認知心理学博士のパスカル・マイケロンが著した。

「ブレインフィットネスとは、クロスワードパズルを何回か余計にやることでも、朝食でシリアルと一緒にブルーベリーをたくさん食べることでも、少し長い距離を歩くことでもない」と、本書では述べられている。運動から食事、瞑想、レジャー、人間関係、ストレス、脳トレまで、あらゆる側面から脳を「最適化する」具体的アドバイスを盛り込んだという本書から、「Chapter 4 私たちはほぼ食べたものでできている」を抜粋し、3回に分けて掲載する。

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『脳を最適化する
 ――ブレインフィットネス完全ガイド』
 アルバロ・フェルナンデス、エルコノン・ゴールドバーグ、
 パスカル・マイケロン 著
 山田雅久 訳
 CCCメディアハウス


◇ ◇ ◇

 身体的な健康は、身体エクササイズと栄養素によって大きく左右される。前章では、身体エクササイズが、脳を健康にするためにも大切な要素であることを確かめてきた。

 それでは、栄養素はどうか? 脳がどう働き、どう成長するかに栄養素は影響しているのだろうか? もし影響するなら、どんな食物や栄養素が脳の健康によいのだろうか?

思考するための食物

 ここでなぞなぞをひとつ。もし、青い染料を私たちや動物の血管に注射したら、なにが起きるだろうか? ご想像のとおり、全身の組織が青くなっていく。しかし例外があって、脳と脊髄は青くならない。それは、血液のなかを流れるある種の物質――バクテリアなど――が脳に侵入するのを防ぐ血液脳関門があるからだ。半透性の血液脳関門は毛細血管に沿って存在し、毛細血管の周囲にタイトな防御壁を作っている。脳内が一定の環境を保てるように働き、一方で、重要な分子が脳内に拡散するのを許している。

 血液脳関門を通過することが許されるふたつの重要な分子が、酸素とグルコースだ。脳は全体重の2%しか重量がない。しかし、要求するエネルギー量がとてつもなく大きい器官であり、心臓が拍出する血液の15%を受け取っている。それは、全身で消費している酸素の20%、同じく、全身で消費しているグルコースの25 %を使っていることを意味している。別のアングルから説明すると、動脈血からおよそ50%の酸素と10%のグルコースを抜き取っている。その小さなサイズから考えると信じられないほどの量だ。

 糖類のひとつであるグルコースが脳の燃料の源泉になる。脳細胞にはグルコースを貯蔵する力がないので、血液が運んでくるグルコースを頼みとしている。血液中のグルコースは、そのほとんどが炭水化物由来だ。炭水化物はでんぷんと糖でできていて、私たちはそれを、穀物、フルーツ、野菜、乳製品の形で摂り入れている。

 複合糖質(自然食品に含まれていることが多い)はゆっくりと分解されながら、脳に供給される。それに比べて、単純糖質(ほとんどの加工食品や甘い食品に含まれている)はすばやく分解され、血液の流れのなかに急激に放出される。

 甘い食品が血糖値を急上昇させ、すばやく脳を活性化させる理由はここにある。しかし、その効果は長続きしない。それは、血液中から過剰なグルコースを抜き取ってのちの使用に備えて貯蔵するよう、インスリンホルモンが細胞に向かってシグナルを出すからだ。ところが、ほかの細胞と違ってニューロン(神経細胞)にはグルコースを貯蔵する力がなく、脳内にある燃料(グルコース)が枯渇すると外から補充するしかない。

 私たちの脳は機能するためにグルコースを必要とする。そのグルコースを手に入れるための方法はいくつかあるが、加工食品や砂糖が多く含まれた食品より、自然由来の食品のほうが長く安定的に使える燃料の源泉になる。このように、どんな食品からグルコースを摂るかが脳の働きに重要な影響を与えている。また、これから述べていくが、ブレインフィットネスというパズルを完成させるための重要なピースとなる栄養素は、グルコースのほかにもいくつかある。

 同時に、「脳は私たちが食べたものでできている」といってしまうと少し誇張が過ぎる。なぜなら血液脳関門が脳内に通す栄養素を選別しているからだ。そのため、食べたものが残らず脳に届くわけではない。さらに、この本を通じて見ていくことになるが、脳に影響を及ぼす要因はほかにも多い。栄養素はパズルの一片に過ぎないのだ。

栄養素が脳に及ぼす影響

 食べたものは比較的すぐに認知機能に影響を与えるのだろうか? 答えはイエスと言ってよいだろう。摂取した食品が血糖値を上げ、記憶力やそのほかの認知機能を良くすることを示すいくつかの研究があるからだ。たとえば、高齢の健康的な被験者に12時間の断食をさせ、ふたつの群に分け、ひとつの群には50グラムのグルコース、もうひとつの群には50グラムのサッカリン(プラセボ)を摂ってもらった研究がある。プラセボ群と比べ、グルコースを摂取した群は、注意制御を含む認知課題において処理速度が改善する結果を残している。

 ふだん好んでいる食習慣は、認知力に長期にわたる影響を与える。

 脳を健康にする食事法として、このところ、地中海食が頻繁にニュースになる。地中海食は、一般的に、野菜、フルーツ、シリアル、不飽和脂肪酸(ほとんどがオリーブオイルの形で摂取される)をたくさん、乳製品、肉、飽和脂肪酸は少なく、魚は適度に食べ、適量のアルコールを定期的に摂るものだ。この地中海食が、身体的な健康だけでなく脳の健康にも影響を及ぼす。アルツハイマー病になるリスクを減らし、認知力の低下を遅らせることがいくつかの研究によってわかっているからだ。このことは、最近の国立衛生研究所のメタ分析でも確認されている。

 地中海食が軽度認知障害の人たちにも有効かどうかを、コロンビア大学のニコラオス・スカルメア、ヤコブ・スターンらがテストしている。軽度認知障害は、認知力が健常なまま年を取った人たちと、アルツハイマー病やほかのタイプの認知症になってしまった人たちの間の過渡的段階に位置している。ちなみに、軽度認知障害を患っている人のうち、ある人は認知症になるが、最終的にそうならない人もいる。

 健常な認知力を持つ人1393人(この研究中に275人が軽度認知障害になった)、軽度認知障害の人482人(この研究中に106人がアルツハイマー病になった)が参加し、研究はおよそ5年間続いた。その結果、健常な認知力を持つ人が地中海食に忠実に従うと、軽度認知障害になるリスクが低下し、軽度認知障害の人が地中海食に忠実に従った場合も、軽度認知障害からアルツハイマー病へと悪化するリスクが低下することがわかった。

 なぜこのようなことが起こるのか? 地中海食は、コレステロール値、血糖値、血管の状態を総合的に改善し、抗酸化物質が多い食材を使うので炎症を減らす。そのため、軽度認知障害や認知症に進展するリスクを低下させるメカニズムがあると考えられている。

 健康的な脳を維持するために、地中海近辺に引っ越したほうがよいのだろうか? その必要はない。世界中どこにいても地中海食を実践することはできるし、地中海食をマンハッタン北部のコミュニティといった、あきらかに地中海から離れた地域で実践した場合でも効果があることが確認されているからである。

※抜粋第2回:記憶力や認知力をアップさせるサプリメントは存在するか はこちら

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