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台湾ではもう「反中か親中か」は意味がない

ニューズウィーク日本版 2015年11月13日 16時5分

 2015年11月7日、シンガポールで、台湾の馬英九総統と中国の習近平国家主席の会談が行われた。中華人民共和国成立から66年で初となる中台首脳の会談という歴史的舞台となったが、来年1月の選挙で野党転落がほぼ確実視されている、レームダックの国民党政権が主導した会談に意味があるのか。対中接近を警戒する台湾の人々は、馬英九の最後っ屁のような中台首脳会談を支持しないだろう。そう思われた方も多いのではないだろうか。

 ところが意外や意外、各種世論調査では中台首脳会談支持の回答が50%を超えている。「台湾市民は対中接近に批判的なはず」という思い込みでは理解できない結果となった。馬英九の最後っ屁を支持する台湾市民、この状況はどのように理解すればいいのだろうか。

「いかにして現状維持を実現するか」論争

 台湾では今や、「一つの中国」を掲げる国民党・外省人(1945年以後に台湾に移住した人々)を中心とした泛藍連盟、「台湾独立」を掲げる民進党・本省人(1945年以前から台湾に住んでいた人々)を中心とした泛緑連盟といった色分けはあまり有効性を持たない。

 対中政策における台湾市民の最大公約数的意見は「現状維持」、すなわち中国との経済的パイプを維持して大陸の成長の恩恵を受けつつも、政治的には独立を保持することでしかない。野党・民進党は「これ以上接近すれば現状維持はできない」と批判し、与党・国民党は「現状維持には中国との関係構築という努力が必要」と主張するなど、いかなる手法で現状維持をなすべきかという論争まで起きている。

 2014年春に起きた立法院(議会)占拠、すなわち「ひまわり学生運動」は馬英九政権の中国傾斜に対する反発として取り上げられたが、運動側の批判は「ブラックボックスで中台サービス貿易協定の協議が進められ、国民の理解がないままに強行された」という手続き上の瑕疵にしぼられていた。もちろん反中国の意識を持つ人も一定数存在するとはいえ、台湾経済に中国は不可欠との認識を持つ人はそれ以上に多い。国民の支持を集めた学生運動だったが、真っ向から反中国を唱える運動ではあれほどの支持は集められなかっただろう。

馬英九・国民党政権が支持を失った理由

 つまり親中か反中かは台湾政治の主な対立点ではない。ではいったい何が対立点なのか、いったい何が与党批判につながったのだろうか。

 最大の要因はずばり経済低迷だ。現馬英九政権が誕生したのは2008年。馬英九総統は民進党の経済失政を追及し、国民党政権になれば景気は回復すると訴えた。馬英九の前、陳水扁政権(2000~2008年)の経済成長率は4~6%で推移していた。日本と比べれば十分な高成長だが、1980年代、90年代と比べると2~3ポイントは低下している。では馬英九政権はというと、中国との経済協力で成長率回復を狙ったはずが、成長率はほぼ2~3%と前政権以下で停滞している。

 低成長の国ニッポンの住民としては、たんに台湾社会が成熟化した結果としての低成長に陥っているだけとも見えるのだが、台湾の友人に言わせると、かつてはアジアの四小龍と並び称された韓国が台湾以上の成長率をキープしているではないか、韓国に負けているのは政権のポカが原因なのだという話になる。

 その韓国といえばTPP(環太平洋パートナーシップ協定)にこそ入っていないものの、米韓FTA(自由貿易協定)、EU韓国FTA、中韓FTAと凄まじい勢いで二国間FTAを結んでいる。ならば台湾もFTAの鬼となった韓国を追撃するべきと言いたいところだが、主要国の大半は中国と国交を結んでおり台湾とは国交を持たない。FTAを結ぶことは難しいし、TPPのような多国間の枠組みに参加することはきわめて困難だ。

 そうした中で台湾が結んだ貴重な枠組みが2012年の米台貿易投資枠組み協定(TIFA)だ。苦しい外交環境に置かれた台湾の、貴重な勝利となれば話はわかりやすいのだが、実際には馬英九政権にとっては大打撃を与えた。協定によってラクトパミンという薬剤を使った牛肉の輸入が解禁され、食品安全を売り渡した売国奴として馬英九政権は激しく突き上げられることになる。

 なお、食品安全問題はその後もアキレス腱となっており、中国本土の下水油(残飯から抽出した油、繰り返し使用した劣悪な油を指す言葉)が台湾に流入していた問題などが発覚し、政権にとっての打撃となった。



 今や日本の国際ニュースにおいて、中国は絶大な存在感を持っている。それだけに台湾、あるいは東南アジアなどのニュースにおいても、中国との関連で説明されることが多い。しかし実際はというと、中国の存在感が強いとはいえ、現地の人々にとっての最大の関心事は経済や安全といった身近な問題だ。

 台湾も例外ではない。中国との関係を断つべきという過激な人も一部ではいるが、中国成長の恩恵の分け前をいただけるならばいただきたいと考える人のほうが多い。おそらくポスト馬英九を担うことになる民進党の蔡英文氏は、「台湾独立」というかつてからの党是を信奉するコアな支持者にも配慮する一方で、中国経済の恩恵を預かりつつ景気改善を果たして欲しいという圧倒的多数の声に向き合うことになる。

 そもそも中国接近路線一辺倒だった馬英九ですら台湾経済の回復はなしえなかったのであり、中国頼みには限界がある。果たして新政権にはどのような選択肢が残されているのだろうか。あるいは台湾にとっての政治課題は中国ではないのかもしれない。いかに低成長と向き合うか。この課題を考えた時、20年以上前から低成長の先輩として生きている日本は格好の相談相手ではないだろうか。

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[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。


高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

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