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不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない

ニューズウィーク日本版 2015年11月17日 19時45分

 乱暴に言えば、かつての日本メーカーは「機能重視、デザイン軽視」だった。その後、アップルなど海外メーカーの製品が日本でも支持を得て、デザインの持つ力を多くの消費者が認識するようになった。しかし、「デザインとは何か?」と問われて答えられる人は、今でも多くないだろう。美しさ、だろうか。

 デザインのことは、デザイナーに任せておけばいい――仕事の現場でそう考えている人は少なくないはずだ。しかし、「デザインというツールは、もはやデザイナーだけのものではない」と、デザイナーであり、京都造形芸術大学大学院でSDI(ソーシャルデザイン・インスティチュート)の所長を務める村田智明氏は言う。

 村田氏は、人の行動に着目し、改善点を見つけてより良く、美しくしていくための手法として「行為のデザイン」を提唱している。どういうことかと言うと、例えば会議室のような広い部屋に必要なのは、美しいスイッチ盤ではなく、暗闇で照明をつけようとしたときに、どのスイッチが天井のどの照明と対応しているか迷わなくて済むようなスイッチ盤だ。あるいは、ショッピングセンターや駅の構内に必要なのは、「上に上がろう」と思って近づいたら「下り」だったという失敗をしないで済むような、遠目でもどちらの方向に動いているかがわかる視認性が高いエスカレーターだ。

 大切なのは、ユーザーがスムーズに目的の行為を進められるようにすること。そして開発者や技術職、営業職など、デザイナー以外の関係者がもつ課題やアイデアを共有し、デザインに取り込む仕組みだ。村田氏は、それらを達成する新しいデザインマネジメントの手法を『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』(CCCメディアハウス)で余すところなく解説。パナソニックや富士通、コクヨファニチャーなど多くの企業が導入し、実績を挙げたワークショップの開き方まで伝授している。

 ここでは、本書の「第1章 行為のデザインは、開発力を加速させる」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。

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『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』
 村田智明 著
 CCCメディアハウス


◇ ◇ ◇

 デザイナーである私のもとに来る仕事は、昔に比べて変わりつつあります。以前ならほぼ形が決まっているものを差し出されて「このプロダクトのデザインをしてください」という依頼ばかりでした。デザイナーは外観を整えてスタイリッシュに見せたり、色のバリエーションを考えていたものです。しかし今は外観だけに限らず、プロダクトのコンセプトや機能に関わるところまで依頼されることがほとんどです。

 すでに単なる形や色など見た目のデザイン要素だけがプロダクトの売れ行きを左右する時代は終わっています。もっと本質的な要素を含み、プロダクト一つに企業のスタンスまで表現させたもの、整った外観だけで終わらないものが求められています。多くの企業がこの事実に気づき始めて開発手法を見直すようになりました。

 私が提唱している「行為のデザイン」は、そんな新しいニーズに応えられる効果的な開発メソッドです。

「行為のデザイン」とは、対象をモノだけに絞らず、人や情報、環境を含んだ中で「行為がスムーズに美しく振る舞われるためにどうあるべきか」を考えるデザインです。だからまずユーザーが目的を達するための動き・行為に着目します。もし利用中に動きが止まるのであれば、それは利用法がわからないとか、いったんやめて戻らなければいけないなど、プロダクトに「バグ」があるということです。

 使う途中で不都合や不便を感じるプロダクトは、口コミ評価をインターネットで検索できるこの時代では生き残ることは難しいでしょう。しかし「行為のデザイン」を経ればプロダクトを開発する段階でそれらユーザーの行為を止める「バグ」を事前に発見し、解消することができるのです。

 たとえば、会議室のような広い部屋の照明をつけようとして、スイッチで迷ったことはありませんか。壁に六つや八つのスイッチがあり、ユーザーは天井の照明と対応しているのだろうと想像できても、どっち側がどの照明と対応しているのかわかりません。「前をつけて」と言われたのに後ろをつけてしまったり、残したい照明を消してしまうような失敗は皆さんにも心当たりがあるはずです。

 このときのユーザーの行為は、あたふたして照明とスイッチを見比べ、いくつか間違えながら照明をつけたり消したり、周囲の人に謝ったりする、あまり美しくない所作になっています。

 この状況の原因は、認識のしにくさです。建築の用語では天井の方向を天伏(てんぶせ)といい、壁の方向を立面といいます。ユーザー目線で考えると、これは立面にある照明スイッチに天伏の情報が九〇度角度を変えて移動しているので混乱を招くのです。仮にスイッチに番号が振ってあったとしても情報の角度が変わるだけで大幅に認識しづらくなります。

 このときデザインが担うべきは美しいスイッチ盤やつまみの色ではありません。情報をどう見せるとユーザーが行動を止めずにすむか、美しく振る舞えるのかを考える「行為そのもののデザイン」です。

 もしこのスイッチ盤が垂直な壁面ではなく水平に近い角度で設置されていたら、ユーザーは照明の位置を天井に置き換えてもっと連想しやすくなります。また、壁面にあったとしてもデザインで窓側とドアの位置などがわかるアイコンや線で囲んであれば、照明とスイッチの位置を対応させやすくなります。

 つけたい照明がすぐわかるスイッチ盤があれば、ユーザーは「照明をつける」という行為を美しくスムーズに行うことができ、ここでやっと「良いデザインを施した」といえるのです。

 今までのデザインでは「このパネルが美しい」「スイッチがきれいだ」という点が重視されていましたが、私の着眼点はまったく違うところにあります。

 私たちはパソコンを使っているときマウスやキーボードを意識せずに画面を注視しています。たしかに操作しているのですが、スムーズな行為が行われているうちは気づかないものです。しかし、いったん入力できなくなる事態が起こると、行為が止まってマウスやキーボードの存在に意識が戻ります。リカバーのためにキーに注目し、試す、失敗する、やり直すなどの苦痛を味わいます。目的以外のことに時間を取られてしまうのです。

 スイッチの例でも同じです。不親切なデザインはユーザーの時間を奪ってしまいます。最終的には、使う人のスムーズな行為を誘発し、さらに造形自体が主張しすぎない美しいプロダクトが理想なのです。

 常に理想形の開発を可能にするためには、ユーザーがなぜその行為をしたくなるのか、どうして止まってしまうのか、「バグの理由」の事前検証が必要です。検証するプロセスとして上流での工程(プレデザイン)が不可欠になります。つまり、従来のような工程の下流で初めてデザインが論じられるような開発手法では、もはやユーザーの心に響く体験を与えられないのです。

※後編:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら

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